全肯定ヤンデレ美少女を助けたら、「私を好きにして」って依存されたんだが

空依明希

第1話 宗教勧誘かと思ったら全肯定でした

 ひとりは気楽で好きだけど、ひとりぼっちは孤独で嫌い。 



 ひとり暮らしの部屋の外は、俺の心と正反対の晴天。明日は高校の入学式、きっといい天気だ。


 いっそ校舎に雷でも落ちたらと思うけど――誰かが怪我したら大変だから、願うことはしない。



 俺――直枝なおえ佳希よしきの中学時代の会話は、「直枝くん、いたんだ?」が一番多かった。



 人に深く関わるって苦手だ。でも関わらないと、自分の存在が消えていくようで不安になる。


 だから高校生活では〝心から繋がれる〟人と出会いたい。俺はその人を特別だと思えて、その人も俺を受け入れてくれる。


 そのために、誰も俺のことを知らない街でひとり暮らしを始めた。



 今度こそ、心から繋がれる出会いがあることを願って――



「……はーい! 今開けます!」


 チャイムの音が響く。扉を開けると、雷に撃たれたような衝撃があった。


「初めまして! 隣の部屋の若松わかまつ空良そららです。先日引っ越してきたので、ご挨拶にきました!」


 目の前には春らしい淡い桜色のニットカーディガンを羽織り、ふくらはぎの半分までの長さのスカートを着た美少女。


 長い黒髪をかきあげる姿はあざとく清楚で、猫のような瞳が人懐っこい――男心を惑わす化身のような存在が居た。


「これ、よかったらどうぞ」


 華やかな見た目からの渋いチョイス。渡されたおせんべいすら、彼女のギャップを演出する小道具に見える抜群の存在感。


 足元に謎の木の板が立てかけられているけど……あれも手土産――なわけないか。


「ご丁寧にありがとうございます。直枝佳希です。俺も数日前に引っ越してきたばかりなんですよ」

「なおえ……よしき……くん?」


 彼女の声が一瞬震える。美少女――若松さんは一拍の間を置いて、信じられないものを見たというように目を丸くした。


「もしかして子供の頃、私達会っていませんか?」

「えっ?」

「泣いている女の子にハンカチを渡したことはありませんか!? そのときたくさん励ましたりは――」


 と、若松さんはバッグから古いキャラクター物のハンカチを取り出した。


 端に『なおえ よしき』と書かれている。見覚えのあるハンカチ。 


「これ、お守りにしてたんです。覚えはありませんか……?」

「……もしかして、公園のベンチで泣いてた子?」

「それです!! ずっとお礼を言いたいと思っていました」


 思い出した。小学校の帰り道でよく見かけて、ひとめ惚れした子だ。


 その日はなぜか泣いていたから、勇気を出してハンカチを渡した記憶がある。


 その後すぐに引っ越したから、会う機会もなく忘れていた。


「あのときのこと、今でも忘れません。救われたんです、直枝くんに。辛かった毎日を認めてもらえて、私のことを見ている人がいたんだって……嬉しくて」


 若松さんはハンカチを愛おしむように胸の前で握り、柔らかく目を細めた。


 その姿がとても愛らしく、なのにどこか不安定で――見ていてなぜか不安になる。


「ご、ごめん……当時のことはよく覚えてなくて……」

「そうなんですか? でも、私は覚えています。あの言葉のおかげで……今の私があります!」


 若松さんは足元にあった謎の木の板を俺に見せる。


 木の板は看板のようで、貼られた紙には手書きされた女の子らしい文字。



『全肯定屋。あなたの存在を全肯定!! 褒めます。相談も受けます。5分500円~』



「……何かの宗教?」

「違いますからっ! 誰かをたくさん肯定して元気にする、素敵なお仕事です!」

「はぁ……そうですか」

「だって肯定の言葉は、心の穴も痛みも、全部覆い隠してくれるでしょ?」


 新興宗教にハマっている人のような眩しい笑顔。なのにどこか寂し気な瞳。


 それがなんだか……少し怖い。


「そうですね。ごめんなさい、そういうの間に合ってます」


 扉を閉めようとしたら、阻まれる。こっわ。


「待って! そんな目で見ないで! これを教えてくれたのは直枝くんなんだから!」


 え、教祖俺なの?


「あのとき、こんな風に言ってくれたんですよ。『ずっと見てた。がんばってるね! かっこいい、憧れる! 大好き!』って」

「そんなこと言ったっけ……? マジで……?」

「ふふっ。思わず好きになっちゃいそうでした」


 頬を赤くした彼女の微笑みに胸が高鳴る――って、危ない。これはきっと布教だ。


「直枝くんがしてくれたように、私も誰かを全肯定したい……力になりたいんです!」


 看板をひらひらと振りながら、若松さんは悪戯っぽく微笑んだ。


 それがあまりに可愛くて、俺の行いが美少女を狂わせたんだと胸が痛くなる。


「といっても、今日が初めてなんで緊張してますけど。駅前に居るので、良かったら来てくださいね!」


 そう言って、軽やかに若松さんはエレベーターへと向かった。


「なんだあれ……? 全肯定はあそこまで人を変えてしまうのか……」


 麻薬の類かもしれない。法律で規制した方が良いと思う。


 でもそうなると、もしかして俺も共犯になる……?


 過去に犯してしまった大罪に震えていると、お腹も空腹に震えた。


「……食べる物なんもないや」



 また若松さんに遭遇しないよう、少し時間をおいて買い物に行こう。




 ***




 スーパーは駅前。向かいながらもついつい若松さんを探してしまう。


 改めて思い返すと『全肯定』したいと言った彼女の瞳は、空虚だった。


 それが少しだけ、気になる。


 俺に何かできるとは思わないけれど、せっかくのお隣さんだし、仲良くしたい。


 若松さん滅茶苦茶可愛いし、いろいろ期待とか妄想してしまうよね……現実はそんな甘くないってわかってるんだけどさ――あ、若松さん居た。



「お金困ってるの? 俺たちがご飯奢るよ」

「ありがとうございます! 誰かに施す気持ちは素晴らしいです! あちらに募金箱がありますよ!!」


 いかにもチャラそうな男2人と、例の看板を持っている若松さんが目に留まった。


 若松さんは男の声に元気よく答えている。でも仕事中にしては雰囲気がおかしい。


 ……まぁ、彼女はさっきもおかしかったのだが。


「そうそう! 俺たち稼いでるからさ、なんでも買ってあげるって!」

「とても優秀なんですね! そのお金をぜひ社会に役立ててください!」



 男達の距離は近い。死んだ目で笑顔を作りながら、若松さんはじりじりと後ずさる。



「いいお店知ってるから一緒に行かない?」

「見識の深さに感銘を受けます!!」



 ……もしかして、ナンパを全肯定してる?

 

 あの子大丈夫か? いろんな意味で。



「だろ? さっそく今から行こうぜ?」

「その直球すぎる誘い文句も、男らしくていいですね!!!!」



 返事も雑すぎるだろ。嫌ならさっさと断ればいいのに。


 いや、あんな小柄な女の子が男2人に迫られたら怖くて断れないのか……?



「さっきからなんなのそれ? 変な事言ってないでさ、早く行こ!」



 その言葉にすっと、若松さんの笑顔が抜け落ちる。看板を持つ手が、震えて見えた。



「誘っていただいたその愛と勇気を全肯定します。ですが――」


 瞳に拒絶と嫌悪を宿し、キッと男達を睨むと高らかに叫ぶ。



「それ以上は肯定できません!! お帰りはあちらです!!!! あなたが生まれてきてくれたことにありがとう!!!!!」


 断り文句雑すぎん?


「はぁ? 馬鹿にしてんのか?!」



 男が荒っぽく彼女の腕を掴む――それを見た俺は、無意識に彼女の元へ駆け出していた。



 気が付いた若松さんと目が合う。



 ――見つけてくれてありがとう!! え、助けてくれるの!? かっこいい!! 神!!



 ……とでも言いたげな視線に萎えかけるが――足は止まらなかった。






――――

あとがき?





若松『読んでくれてありがとう! 素晴らしい! えっ?! フォローしてくれるの!? 凄い、神様!! ――星までいただけるんですか!? 吐いた息まで尊いっ!! 感謝!!』

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