第3話 母の回復とこれから
「やあ、嬢ちゃん。ハハギミの容体はどうだ?」
先日と同様、鈴虫さんは寺院の木の上で顔も見せずに私に尋ねた。
「どうも、何も。今までのことが嘘のようにお母さんは元気になった」
私が見舞いに行くと母はベッドから起き上がっていた。今までは寝たきりで、手を握り返してくれることもなかったというのに。病院の先生も驚いていた。
「そりゃ、良かった」
「あなた、一体何をしたの?」
「何って、嬢ちゃんの母親に付いていた怪異を切っただけだが?と言っても無力化させただけだ、体には残っちまった。面目ない」
「体に残ってる?じゃあ、まだ完治はしてないの……もしかして、再発するかもしれないってこと!?」
「まあまあ落ち着けって嬢ちゃん。嬢ちゃんの母親に憑いていた怪異はちと特殊なんだ。完全に消す事はできねえ」
「お母さんにはどんな怪異が付いていたの?」
「人間ってーのは知的好奇心には抗えないってかぁ?でも、悪いな嬢ちゃん。それだけは教えられねえ」
「なんで!」
「決まりなんだよ。言霊師は倒した怪異の名前を一般人に他言しちゃーならねえの」
「何よ!それ!」
「言霊師は言葉に宿った言霊、嬢ちゃんに分かりやすく言うと、その言葉の意味や、その言葉が生まれた経緯、言葉に込められた思念を扱う仕事だ。もし、倒した怪異の名前を言霊師が唱えちまうと、その言葉を聞いた一般人の中にその怪異を住みつかせちまうのさ。そうなったら、いたちごっこの始まり。いつまで経っても、怪異は減らない」
「だから教えられないって?!お母さんを苦しめた怪異を知る事は出来ないって?!そんなの私、納得できない」
「人間知らなくても良い事もある」
「鈴虫さん、あなた、今、一般人には言えないって言ったわよね」
「おいおい、嬢ちゃんまさか―」
「私、言霊師になる」
「たぁーく、やっぱり……あのなー嬢ちゃん。この世界はそんな簡単に入れる業界じゃない。悪い事は言わねえ。やめとけ」
「やめない。あなたの弟子にして」
「こらこら、勝手に話を進めるな。言霊師になるどころか、俺の弟子になるって?」
「私は本気。それとも言霊師の力を使って、私を強制的に納得させる?」
「全く、強情な嬢ちゃんだな。しょうがない」
「なにするっていうの!」
私が木の上の男を睨みつけたのも束の間。
「一年」
「へぇ?」
「一年で言霊師になられへんかったら、諦め」
「わ、分かりました」
「嬢ちゃん、ちなみに今いくつになる?」
「二十三歳」
「ちと、歳をとりすぎだが、まあ、まだ間に合うやろ」
「歳をあなたには言われたくない」
「こりゃ、一本」
「茶化さないで」
「ほな、行こか」
「行くってどこに?」
「俺らの仕事道具『言ノ刃シリーズ』ていう君の使う刀を探しに、まずは図書館デートから」
「で、デート!?」
言霊師が軽い口をたたくのはなんだかおかしい気がする。でも私はこの人を師として言霊師になるんだ。そして、母さんに憑いている怪異を知り、完全に退治する。
しかし、この時の私は知らなかった。母さんに憑いている怪異が本当は何なのか。そして、後悔する。言霊師になんてならなければよかったと。言霊になんて関わらない方が良かったと。
「鈴虫先生、私、まだ人間でいたいよ」
コトダマシ 千代田 白緋 @shirohi
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