第3話 隣町まで
「大丈夫だ。こういう荒事には慣れてる」
ストリックランドは額の血を拭いながら言った。
「慣れてるって……。あ! もしかして冒険者の方ですか?」
「まあそうだな。そんな風に見えるか?」
「えっと、なんとなくそういう雰囲気を感じまして……」
ストリックランドは自分の姿がどうみられているか久しぶりに想像してみた。
無精髭を生やし、ボロボロの服装を身に纏い、おまけに酔っぱらっている。腕っぷしの強さも相まって、荒くれ者も多い冒険者と見抜かれるのも無理はないと思った。
「あ、すみません! 自己紹介がまだでしたね。私はマリーっていいます! 失礼ながら、あなたのお名前は何ていうんですか? さっき少し名乗っていたようですが、あのような状況でしたので、きちんと聞き取れず……」
「ストリックランドだ」
「ストリックランドさん! あの魔王を倒した勇者様と同じ名前なんですね……!」
「それは……。ああ、そうだな」
マリーは、目の前の男が勇者ストリックランド本人であるとは思わなかった。
街の中央には勇者の銅像が立っており、その立派な姿を彼女も見たことはあるが、目の前のみすぼらしい姿の人物と一致しなかったのだ。
そしてストリックランドも、マリーの勘違いをあえて訂正しなかった。なんとなく思うところがあり、自分が勇者であると知られたくなかったのだ。
「あの、ストリックランドさん! うちの店で食べていきませんか?」
「店?」
「はい! 実は私、レストランをやってるんですけど、お礼にご馳走しようかと」
「それはありがたいな」
ストリックランドは素直に礼を受け取ることにした。こういうとき、彼は遠慮などしないのだ。
「店の場所はどこなんだ?」
「隣町で、少し遠いんですけど……」
「かまわない」
マリーの店は、王都の隣町にあり、馬車で数時間ほどかかる場所だといった。そのため二人は馬車に乗り、店まで向かうことにした。
向かう途中、大きな川に架かる橋に入った。
「隣町は何年か前に行ったことがあるが、前に来たときは、ここに架かってたのはもっとぼろい吊り橋だった気がするな」
「これは三年前に新しくできた橋ですよ! 魔王が倒されて平和になってから、こういうところにもお金が回るようになってきたみたいですね」
「……なるほど」
「この橋が出来てから、馬車でも簡単に行き来できるようになったので助かってます」
マリーは、以前の古い吊り橋だった頃の生活がいかに不便だったか語り始めた。魔王との戦いが続いていたため、インフラ設備への投資は十分ではなく、住民は様々な苦労をしていたそうだった。
ストリックランドは無口というほどではないが、長い時間おしゃべりをするのは得意ではない。移動時間の間、マリーがほぼ一方的にあれこれ話してくれたおかげで、彼は景色を眺めながら簡単な相槌を打つだけで済んだ。
「……それもこれも。勇者様が平和をもたらしてくれたおかげです!」
「そうか……」
次第に、彼女の話のテーマは魔王を倒した「伝説の勇者様」に移った。勇者ストリックランドの人物像について、直接は会ったことはないものの、きっと素晴らしい人物に違いないと、確信めいて語っていた。
その間、ストリックランドは居心地の悪さを感じていた。
マリーの語る勇者のイメージと実態がいかに異なるかは、彼が最もよく知っている。実態はもっと落ちぶれた姿であり、そのことを大して恥じているわけではないが、さすがに正体を明かせば彼女の期待を裏切ってしまうことに罪悪感を覚える程度には、彼は善良な人間だった。
また、仮に正体を明かしたとして、せいぜい冗談扱いされて終わりだろうと思い、いずれにしても余計なことを言うのはやめにした。
しばらくして、マリーの店に着いた。
彼女の店は、森に囲まれた場所にあり、あまり賑わいのある場所とは言い難かった。だが、王都とこの町を行き来する冒険者や旅人が腹を満たそうとするには、丁度良い立地のレストランだとストリックランドは思った。
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