第2話 酔っぱらいは強い

 ストリックランドは王都の中心街に来ていた。ここには市場があり、多くの店が並んでいる。

 財布の中を覗くと、銀貨が数枚あった。無駄遣いしなければ、数日くらいなら食いつなぐことは出来そうだ。


 賢明な人間なら、数日の間、節制しつつ仕事を探すだろう。しかしストリックランドはそうではなかった。


「買っちまった……酒! 飲むぞ……!」


 ストリックランドはまず、なけなしの金で酒を買った。それも、そこそこ高い酒である。我慢していれば数食分は賄えた金額だが、困窮を極めて判断能力が鈍ってきた彼には、むしろそれが分からなかった。


 彼は人気の少ないところに移動すると、ちょっとした段差に腰かけ、酒を飲み始めた。アルコールが体に染み渡り、気分が高揚してきた。

 そうしてしばらく酒を楽しんでいると、付近の路地裏から、なにか言い争う声が聞こえてきた。

 王都はいつだって賑わっているが、賑わいの影には暴力や貧困が潜むものだ。


「グヘヘ、いい女じゃねえか。なあ相棒」

「ああそうだな、相棒」

「きゃあ! やめてください!」

「出すもん出せよ、お嬢さん」

「お、お金なんて持ってません! こんなことしたらいけませんよ……!」

「あ? このナイフが見えねえのか!?」


 悪そうな見た目の男二人が、一人の女性を恐喝していた。男のうち片方はナイフを持っている。

 ストリックランドは彼らを目にすると、酔いが回ったふらふらとした足取りで近づき、こう言った。


「何やってんだお前ら」


 この時、彼の頭に明確な正義感があったわけではない。

 ただ、久しぶりに勇者らしいことをして、感謝と、あわよくば現実的な範囲で謝礼が欲しいと思ったのだ。

 しかし男二人組の方は、ストリックランドを一瞥しただけで、すぐに目を背けて無視した。彼らは、みすぼらしい姿の、何の脅威にもならなさそうな酔っぱらいが、何やらどうでもいいことを小声で言っているだけだと判断したのだ。


 そこで、ストリックランドは語気を強めて、改めて男たちに声をかけた。


「おい、そこのゴロツキども。その女が困ってるだろ。手を離せよ」


 今度は男たちも無視できないようだった。


「あ? さっきから何だてめえ」

「俺の名はストリックランド。何を隠そう三年前に魔王を、を、を……」

「何だこいつ」

「うう、おぇぇー……」


 ストリックランドは嘔吐した。空腹のところに大量の酒を入れたのがマズかったのだ。酒が好きなくせに酔いに強いわけではないのだ。


「うわあ、きったねえな、こいつ! とりあえずてめえからやっちまうぞ」


 ナイフを持った男が飛び出してきた。ストリックランドが嘔吐して頭を下げているところに、そのまま突き刺しにかかったのだ。


「死にやがれ、酔っ払いが!」


 しかし、ナイフは刺さらなかった。ガキンという音がして、男のナイフを持つ手は、酔っぱらいの喉元で動かなくなった。

 ストリックランドは歯でナイフに噛みついて受け止めたのだ。彼はそのまま頭を大きくひねり、ナイフを男の手から無理やりはがして、地面に吐き捨てた。


「な!?」


 ストリックランドは驚く男の腕をつかむと、壁に向かって大きくひねり、身体ごと叩きつけた。男は痛みで動けずにいる。


「おい相棒! てめえ、何してくれやがる!」


 もう片方のゴロツキが襲い掛かってきた。男は、警吏が使うような細身の金属製のこん棒を腰に携えていた。それを手にすると、ストリックランドの頭めがけて勢いよく振り下ろした。

 こん棒はストリックランドの頭に命中した。鈍い音がして額から血が流れたが、彼はまったく痛がるそぶりも見せなかった。

 ストリックランドは呆気にとられた男の懐に素早く入り込み、腹にパンチを食らわせた。男はうずくまり、ゲホゲホと咳き込むだけになった。


「さっさと失せろ」


 ストリックランドは額の血を拭きながら言った。


「チクショウ……! こいつ強い……逃げるぞ相棒!」


 ナイフを持っていた方の男がゆっくりと立ち上がり、もう片方の男を背負いながら逃げていった。


「あんた、大丈夫か? 怪我はないか?」

「助けてくれてありがとうございます! あなたこそ大丈夫ですか? さっき頭ぶたれてましたけど……」


 助けられた女性が、ストリックランドに声をかけた。

 彼の額からは、血が流れていた。

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