第15話 これからもずっと
「――きょ、今日もありがとねお姉ちゃん! その、また帰って来てくれると嬉しいな」
「うん、もちろんだよ
「あ、ありがとお姉ちゃん」
それから、数時間経て。
扉の前にて、いつものごとくそんなやり取りを交わす私達。うん、もちろん! そもそも、本当なら毎日でも来たいくらいで……いっそ、ここで働かせてもらう? ああ、でもお客さんとして迎えてもらうのもやっぱり捨てがたいし……さて、どうしたものか。
まあ、それはさて措きその後も一言二言やり取りを交わす私達。それから、少しの間があった後――
「……どう? 鴇杜くん」
「……うん、大丈夫だよ……ありがとう、
「……そっか、それなら良かった」
そう、控えめに尋ねてみる。その華奢な身体を壊さぬよう、そっと抱きしめながら。すると、そっと私を抱きしめ返し謝意を告げる鴇杜くん。彼と私は、店員さんとお客さん――だけど、今や秘密の恋人同士でもあって。
「……その、本当にごめんね水音ちゃん。僕がこんなだから、水音ちゃんに気を遣わせて……」
「……もう、だからそれは言わないでって何度も言ってるでしょ? 鴇杜くんは、何も悪くない――貴方は、被害者なんだから」
「……水音ちゃん」
すると、ややあって謝罪を述べる鴇杜くん。いつものことではあるけれど、その度にぎゅっと胸が痛む。……ほんと、なんで謝るの。貴方は、被害者なのに。昔、性暴力を受けていた紛れもない被害者なのに。
『……すっごく、怖かった。今だって……もうずっと前のことなのに、まだ……』
数ヶ月前の、あの日の夜道にて。
そう、酷く震えた声で告げる鴇杜くん。語られた内容は、彼の過去――中学生の頃、父親の再婚相手の連れ子で当時大学生だった義姉から、常習的に性行為を強要されていたというもので。
……もちろん、分かってる。そんな経験なんて皆無の私が、容易く分かった気になっちゃいけないってことくらい。それでも……それが、想像を絶する恐怖や苦痛であったことだけは、今なお声を、身を酷く震わせるその様子からもひしひしと伝わって。そんな彼に、私が掛けられる言葉なんてきっとない。それでも――
『……その、ごめんね鴇杜くん。私、さっき抱きしめたりなんて――』
『ううん、謝らないで。そんなこと、お姉ちゃんは今まで知らなかったんだし』
『……でも』
『……その、実は……女の人に触れられるのは、今でも少し嫌だし、怖い。誰も悪くないのに、申し訳ないとは思うんだけど、それでも……』
『……鴇杜くん』
『……それでもね、さっきお姉ちゃんに抱きしめられた時、すっごく安心したんだ。まだ、全然平気とは言えないんだけど……それでも、すっごく安心したんだ。だから……本当にありがとう、お姉ちゃん』
『……っ!! ……鴇杜くん』
すると、微笑み告げる鴇杜くん。私だって女――言葉の通り、やっぱり多少なりとも抵抗はあるのだろう。それでも……それでも、これが……陽だまりのようなこの笑顔が、嘘だとはとても思えなくて。だから――
『……ううん、こっちこそ……こっちこそ、本当にありがとう、鴇杜くん』
そう、真っ直ぐに見つめ告げる。……うん、ありがとう、鴇杜くん。その言葉だけで、その笑顔だけで、私は本当に救われる。そして、今よりもっと、もっと――
「――その……改めてだけど、今日もありがとね、お姉ちゃん」
「うん、またね鴇杜くん」
それから、少し経過して。
そう、いつものようにたどたどしく告げる鴇杜くん。ついさっきまで恋人だったのに、お客さんとして見送る時は店員さんモードに切り替わる……うん、ほんとプロだと改めて思う。……まあ、それはともあれ――
「……水音ちゃん?」
ふと、ポツリと呟く鴇杜くん。と言うのも――あとは去りゆくはずの私が、再び彼の身体をそっと抱きしめたから。そして――
「……私が、いるから。私が、ずっと護るから」
「……水音ちゃん」
そう、ゆっくりと告げる。その華奢な身体を壊さぬよう――それでも、決して離さぬよう大切に抱きしめながら。
……私が、いるから。私が、ずっと護るから。貴方がいれば、笑っててくれれば、私はもっと、もっと強くなれるから。だから……どうか、これからもずっと、ずっとそばにいてね、鴇杜くん。
癒しの小屋カフェ〜気弱で可愛い歳上男子はお好みですか?〜 暦海 @koyomi-a
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