第12話 危険な夜道

「……その、ほんとにごめんね鴇杜ときとくん。わざわざ送ってもらっちゃって」

「ううん、気にしないでお姉ちゃん。……でも、本当に大丈夫なの? すぐにでも、警察に通報した方が……」

「……うん、そうなんだけどね。でも、家族に心配かけたくなくて……」

「……うん、気持ちは分かるけど……でも、それでも通報した方がいいと思うな……その、僕も心配だし」

「……うん、ありがと鴇杜くん」



 それから。一時間ほど経て。

 そんなやり取りを交わしつつ、すっかり夜の帳が下りた帰り道を歩いていく。何故こんな時間になったのかというと、鴇杜くんの仕事が全て終わるまでお店の中で待たせてもらっていたからで。


 理由は、家まで送ってもらうため。ここ最近、帰り道に誰かに付けられている気がして怖いから、申し訳ないけれど仕事が終わったら送ってほしいと無理を言ったためで……うん、ほんとにごめんね、鴇杜くん。




「……その、ほんとにありがとね、鴇杜くん」

「ううん、気にしないでお姉ちゃん。でも……」

「……警察に通報しなきゃ、だよね? ごめんね、心配かけちゃって」

「ううん、僕のことは気にしないで。……でも、通報そうしてくれると嬉しいな」



 それから、数分経て。

 夕谷ゆたに家の前にて、甚く心配そうにそう口にする鴇杜くん。まあ、今に限らず心配はずっとしてくれてたんだけど。……うん、ほんと優しいなぁ。


 その後、ややあって別れの挨拶と共に手を振り扉の中へ。そして、玄関にて少しとどまり―― 



「…………さて」



 そう口にし、そっと外へと出ていく。そして、再び来た道を歩いていく。鴇杜くんに悟られぬよう、こっそりと。……ごめんね、騙しちゃって。それでも――



「――すみません、ちょっといいですか?」


「…………はっ?」


 そう、さっと近づき声を掛ける。澄み切った暗い空の下、電柱に身を潜める女――ここ最近、ずっと鴇杜くんを付けていたであろう黒いパーカー姿の女へと。



 

「……な、なによあんた! つーか誰よ!」

「……私のこと、知ってますよね? 昨日、一瞬ですけど私のことを見ていたはずですし」

「……っ!! ……それは……」


 すると、ハッと目を見開き言い放つ女。それでも、その威勢とは対照的に声は相当落としているようで。……まあ、そりゃそうだよね。

 そして、それはこちらとしても好都合。こんな醜い一幕を、わざわざあの綺麗な目に映す必要なんてない。なので、こうして彼の死角となる位置で話し掛けてはいるけど……うん、気付いてないよね?


 さて、改めてだけど――顔をすっぽり覆う黒いフードに眼鏡にマスク……もちろん、どれも単体では決して不審に思うものではないけど、これが全て揃った上で夜道で身を潜めつつとなれば、それはもう怪しさしかないわけで。そして、彼女は――



「……貴女、あの人ですよね? 以前、鴇杜くんに絡んでいたあのお客さんですよね?」



 そう尋ねると、さっと顔を背ける女。そもそも隠しているためほとんど顔は見えないものの、それでもさっきの声音や口調……そして、この反応で確信した。以前、鴇杜くんの腕にしがみつき誘いを掛けていたあの女だということを。まあ、あの時は愛斗まなとさんと颯也そうやさんのお陰でひとまず収まったけど。

 ……ただ、それにしても……偶然かもだけど、あれ以降見ていないと思ったら、よもやこんな形で……まあ、それはともあれ――



「……だったら、なんだっていうのよ。正義の味方気取りかなんだか知らないけど、もしチクったら承知しないから」


 すると、きっと睨みつけそう言い放つフードの女。そんな彼女の手には――カッターナイフ。……まあ、そうなるよね。ストーカーだったら、そりゃ凶器くらい持ってるだろうし。むしろ、この程度のもので安心したくらいで。なので――



「…………え」



 直後、茫然と目を見開くフードの女。まあ、それもご尤も。何故なら――瞬く間に、カッターナイフの刃がポキンと折れたのだから。



 きっとたいそう衝撃であろう光景に、ただただ茫然とした様子の女。……まあ、そうなるよね。私自身、自分でしといて結構な衝撃だし。


 さて、何をしたのかと言うと――まあ、言わずもがなかもしれないけど、さっと手を出しその刃の根元をポキンと割ってしまったことで。


「……な、なんなのよあんた……」


 そう、腰から倒れ込み告げる。割った刃を右手に持つ私を見ながら。……うん、これだと私の方が危ない人だよね。そういうわけで、いったんそっと道路したに置き――


「……っ!!」


 刹那、ハッと息の止まる音が。と言うのも、倒れ込んだ彼女の顔のすぐ横を、風の如く私の拳がすり抜けたから。すると、その際に生じた風によりハッとフードが外れ……うん、やっぱりこの人だ。そして――


「……分かってると思うけど、私はただのお客さん――二人とは、まるで立場が違う。だから、遠慮なく言わせてもらうけど……今後も鴇杜くんに近づくようなら、今度は容赦しないからね?」

「……っ!! ……ひ、ひぃ!」


 そう、じっと目を見て告げる。すると、更に血相を変え脱兎のごとく去っていくフードの女。……まあ、あの様子ならきっともうだいじょ――



「…………あの、お姉ちゃん」


「……へっ?」


 



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