アイスとキャミソール
はんりんご
アイスとキャミソール
セミの鳴き声が、空から降ってくるように響いている。
うだるような暑さ。扇風機がゆるく回っているけど、ほとんど気休めだ。
俺は法事で訪れた祖父の家の縁側で、麦茶を飲み干して、ぼんやりしていた。
そのとき――。
「……あづい~~~~~」
引き戸がガラリと開く。そこにいたのは、アイスバーをくわえた従姉妹のにのだった。
「やっぱお兄、何もしてなーい。おばさんに『ここ掃除しておいて』って言われたでしょ?」
「いや、もう終わったから休んでるだけだって」
「ほんとかなー?」
にのはぺたぺたと裸足で歩き、ふすまの縁を指先でなぞる。
「……おまえ、その格好で平気か? 夜には人いっぱい来るんだぞ」
「え~? 暑いのに無理無理~。夜には着替えるしっ」
にのは軽く身体を反らしながら、俺のほうへぐいっと寄ってくる。
そして、手に持ったアイスの先を、俺の頬にぴとっとくっつけた。
「うおっ、冷てっ!」
「ふふ~、うける~。お兄って反応がいちいち面白いんだよね~」
「……おまえなぁ……」
にのの笑顔は、あどけないようで、どこか挑発的でもある。
そして――。
「……ちょっと、肩紐落ちてるぞ」
「え?」
首をかしげたその瞬間、キャミソールの肩紐が、つるんと片方だけ滑り落ちた。
布の隙間から、小さな膨らみと、その先の――やわらかな色が、ちらりと見える。
「……っ!」
目を逸らさなきゃいけないのに、なぜか動けなかった。
「あ、見た?」
「ち、違っ、見てないって!」
「学校で習わなかった? 女の子の目は誤魔化せないんだよ?」
にのはにやりと笑って、わざとらしく肩紐に手をかける。
「ねぇ、お兄……もっと見たい?」
「は、はぁ!? な、何言ってんだよ」
「え~? 昨日だって、一緒にお風呂入ったじゃん。あれだけジロジロ見てたくせに~」
「してねえよ!」
「してたもん」
「してない!」
「……そんなこと言って。お兄が泊まってる部屋のゴミ箱、確認しちゃおっかな~?」
その顔は、まさに悪戯っ子そのものだった。
俺が言葉を失っていると、にのはアイスの棒をくるくると回しながら――
ぴたりと、それを俺の唇に押し当ててくる。
「……食べる?」
「い、いや……いいよ、おまえが食ってたやつだろ」
「んー、じゃあさ。代わりに――」
と、不意に。
にのは俺のシャツの袖を、そっと指先でつまんで、くいっと引っ張った。
「一緒に……お風呂、入っちゃう?」
「はあ?」
「私も、汗だくだしさ。ね? いいでしょ?」
「な、なんで当然の流れみたいに言ってんだよ」
「だって昨日入ったじゃん。……お兄、嬉しそうだったもん」
にのはじっと俺の目を覗き込む。その視線が、やけに真剣だった。
「……お兄、見てもいいよ? にののこと、ちゃんと見たいなら」
「……っ」
夏の空気が、ぐらりと揺れた。
セミの鳴き声が遠くなる。にのの笑顔だけが、やけに近くて、強く焼きつく。
俺は――何も言えなかった。
にのは、その沈黙を「了承」と捉えたらしい。
「よーし、じゃあ決まりっ! お湯入れてくるね~!」
ぱたぱたと駆けていくその背中。
キャミソール越しに汗が滲んだ背中が、夏の陽にきらきらと光っていた。
アイスとキャミソール はんりんご @hanringo
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