第2話 初デート?

 「そんで、なんで俺はこんなとこに来てるんだ......?」


 休日、青崎さんにデートと言われて来た所がまさかの秋葉原だった。


 「くっそ、微妙にあちぃ......おかしいだろ、もう秋だぞ、秋。もう少し遅く来るべきだったか......?」


 この日、東京ではもう秋だというのに日中の最高気温が26℃を超えていた。そんな中、俺は妙に張り切ってしまい、集合時間の30分前に集合場所に着いていた。


 「おまたせ、赤城くん。」


 もう体が溶ける寸前だったその時、青崎さんらしき人から声をかけられ、後ろを振り向き驚愕した。


 「お、おお......全然待ってないから大丈夫だぞ......」


 そこに現れた美少女......青崎さんは、普段と違い髪をしばっており、少し丈の短い半袖ニットと足首が隠れるくらいのロングスカートという格好で俺の前へと近づいてきた。


 「なに、どうしたの? ......もしかして、私のこの姿に見惚れてた?」


 違うわ。とも言い切れないのがとても悔しい。実際この姿の青崎さんを見てからドキッとしてしまったから。ここは正直に認めよう。


 「ああ......少し、見惚れてた。似合ってるよ、青崎さん」


 そう言うと、「そ、そう......?」とほんのり顔を紅く染めながら髪を手で梳かし始めた。照れてる青崎さんも可愛い。


(......って!いかんいかん、俺は一体何を考えてるんだ......)


 確かに可愛いし性格も完璧なのは事実だが、彼女を好きになる程接点が無い。きっと、暑さで頭がやられてしまっているんだ。


 「っと、いけない。本題に早速入るわね。赤城くんを秋葉原この地に呼んだのには理由があって......これよ。」


 青崎さんがそう言いながら、肩掛けバッグから出したクリアファイルを見せてきた。


 「これって......」


 そこには、雪色メモリーズ、通称『雪メモ』のキャラが描かれていた。




 枯れない恋を知らない彼女に


 第2話 初デート?




『雪メモ』は、云わば泣きゲーと呼ばれる部類の恋愛ADVゲームで、「雪メモは人生」という言葉が生まれるほどの人気がある。だが、もちろんそれはオタクの中だけで、青崎さんがその話題を出してくるのは意外だった。


 「私、実はギャルゲーが趣味なの。それで、ここに行って新作を何本か買いたいと思っているのだけれど、女性1人で来るのは少し勇気がいるじゃない? だから男子の赤城くんを誘ったの。それに赤城くん、こういうの好きでしょ?」


 なんで知ってるんだよ。っていうツッコミは心の中に閉まっておいた。


 「それじゃ、行きましょうか。どうせなら赤城くんの行きたいところも付き合うわよ。私の用事に付き合ってもらっているのだし。」


 俺は、ほんの少しだけ間を置いてからうなずいた。


「……ああ、じゃあ行こうか」


 こうして俺たちは、オタクの聖地・秋葉原の雑踏の中へと足を踏み入れた。


 ───というか。


 道すがら、俺はどうしてもさっきの会話が気になっていた。


(“ギャルゲーが趣味”って、さらっと言ってたけど……あの青崎さんが、ガチで……?)


 普段の彼女はクラスでもどちらかと言えば“品行方正・成績優秀”な一軍って感じで、ギャルゲーはおろか、漫画やアニメなんてのはもっぱら興味なさそうな雰囲気を出していたので、そんな趣味があるのは驚きだ。


 そんな彼女が、ギャルゲー

 ──しかも“雪メモ”を語るとは。


「……赤城くんって、“雪メモ”のどの√が好き?」


 その時、ふいに彼女が問いかけてきた。自然体すぎて、一瞬思考が止まった。


「えっ、ああ、いや……俺は……ユナ√かな。あの、幼馴染で病弱な子」


「ああ……わかる。『最初から隣にいたのに、どうして今まで気づかなかったんだろう』ってセリフ、ほんとズルいよね」


「お、おう……わかる。めっちゃ泣いた」


「私は……あえてアオイ√かな。最後の“独白”シーンで、セーブデータ全部消えるの、反則すぎるでしょ」


「あれヤバいよな。なんで俺、画面の前で土下座してたんだろ……」


 俺たちの間に、不思議な一体感が生まれていた。


 まさか、こんな話題で盛り上がる日が来るとは思ってなかった。しかも相手は青崎さん。現実味がなさすぎて、これは熱中症で見てる夢なんじゃないか? と疑うレベルだった。




 その後も青崎さんと雪メモの話題で盛り上がっていて、気がついたら目的地の場所にたどり着いていた。そこは表通りから少し外れた場所にある『こみっく☆ぼっくす本店』。いわゆる同人誌やギャルゲー、同人ソフト専門の老舗店だ。


「……い、行くのか、ここに?」


「もちろん。サントラが本日限定で再入荷。あと初回特典の“描き下ろし複製原画”も欲しいし。……まさか、赤城くん、怖気づいてるの?」


「べ、別に……! ただ、男子でもちょっと勇気いるぞ、ここ……」


「ふふっ。大丈夫、私がついてるから」


 逆だろ、それ。




 店内は、独特な空気に包まれていた。薄暗い照明、並ぶパッケージ、そして耳に流れてくるのは“雪メモ”のメインテーマ曲「君に降る雪、心に咲く花」。


 青崎さんは、まるで水を得た魚のように棚を眺めていく。


 その横顔は、どこか無防備で、どこか楽しそうだった。


「ねえ、赤城くん。これ、持ってる?」


 そう言って差し出されたのは、『雪メモ』のFDファンディスクだった。


「ああ、それ……持ってるけど、まだやってなくて」


「じゃあダメ。今夜からやって。これは“本編をやりきった人”にしか許されない感情があるから。いい? 絶対、最後までやること」


「は、はい……」


(なんか、彼女の“推し活”指導を受けてる気分だな……)




 買い物が終わったあと、俺たちは近くの喫茶店で一息ついていた。


 汗をぬぐいながらアイスコーヒーを啜ると、青崎さんはふっと微笑んだ。


「赤城くんと、こうして“雪メモ”の話ができてよかった。……本当は、誰かと語りたかったのかもしれない。ずっと、本当の意味で独りだったから」


「……そうか」


 普段は別の世界の人間として接していた彼女が、ふと“素”を覗かせた気がして。


 その一言だけで、胸がじんわりと温かくなった。


 ───この日からだったと思う。

 俺と青崎さんの距離が、少しずつ、確かに変わり始めたのは。

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