第一話 ゼオン・ブレイズ
先生の自己紹介が終わり、次々と生徒達が自己紹介をしていく。
名前、種族、得意分野。短い言葉が規則正しく教室に響き、まるで点呼のように淡々と進んでいく。
だがその一つ一つが、この学園に集められた“ただ者ではない”存在であることを示していて、教室の空気は少しずつ、しかし確実に張りつめていった。
前の席では誰かが緊張した面持ちで立ち上がり、後ろの席では誰かが腕を組んで他人の実力を値踏みするように眺めている。
ささやかなざわめきと、期待と警戒が混じった視線が、教室中を行き交っていた。
そわそわ
俺の足が勝手に動く。
椅子の上で小さく揺れ、指先が机の端をとんとんと叩いてしまう。
もうすぐだ、もうすぐ俺の番だ。
そう思うだけで、胸の奥がじわじわと熱くなってくる。
「よし、次」
その一言で、心臓が跳ね上がる。
ついに俺の番が来た!
「俺の名ゼオン・ブレイズ!!!」
ほとんど反射的に立ち上がり、そのまま勢いで机の上に乗る。
椅子がガタンと鳴り、クラスの視線が一斉にこちらに集まる。
「種族は魔族!」
「好きな食べ物はカレー!」
「戦闘スタイルは拳一つ!」
「この学園で友を作るためにやってきた!」
「よろしく頼む!!!」
声を張り上げ、胸を張り、これ以上ないくらい堂々と叫ぶ。
教室の空気が一瞬、止まったように感じられた。
決まった!
ふふふ……この3日間、今日のために考えておいた自己紹介!
頭の中で、盛大な拍手が鳴り響いている――はずだった。
「ぐへぇ!」
鈍い衝撃が、頭に直撃する。
「何すんだぁ!」
思わず声を上げて振り向くと、そこには険しい顔をした先生が立っていた。
「何するだじゃねぇ!机の上に乗るな!」
教室中に怒鳴り声が響き、空気が一瞬で凍りつく。
俺は思っていた以上の勢いで怒られ、慌てて机から降りる。
予想よりもはるかに本気で怒られ、俺はあわてて机から降り、しっかりと座り直す。
背筋を伸ばし、視線を前に向ける。
……え、そんなに怒られるやつだったか、今の。
「はぁったく……今年も変なやつが入学してきやがった……まぁいい、自己紹介を再開する。次のやつ頼んだ」
先生がそう言うと、教室はまるでスイッチを切り替えたかのように元の流れに戻る。
何事もなかったかのように、次の生徒が立ち上がり、静かに名前を名乗り始める。
自己紹介が再開していく。
⸻
自己紹介が一通り終わると、教室に流れていたざわめきは少しずつ収まり、代わりに、これから何が始まるのかを待つ静かな緊張が漂い始めた。
担任のエルフの教師は黒板の前に立ち、軽く咳払いをして、生徒たちの視線を集める。
「よし、全員そろったな」
その声と同時に、教室の空気が切り替わる。
教師はこの学園に何百年も続く重みがあることを、言葉にせずとも背中で語っているようだった。
「ここは統覇学園だ。
お前たちは、世界中のあらゆる種族から選び抜かれた、いわば“未来の中枢”だ」
そう前置きしてから、彼はゆっくりと学園の役割を説明していく。
この学園が、ただの学校ではないこと。
剣や魔法を学ぶ場所であると同時に、政治、経済、技術、魔術理論、戦術、外交、あらゆる分野の基礎を叩き込む場所であること。
そして、ここを卒業した者たちが、将来どれほどの影響力を世界に与える存在になるかということ。
教室のあちこちで、生徒たちが息を呑むのがわかる。
中には腕を組んで誇らしげにうなずく者もいれば、逆に、その重さに少し緊張した表情を浮かべる者もいる。
だが誰もが、この学園が“特別な場所”であることを、否応なく理解させられていた。
説明が一段落すると、先生は名簿を閉じ、少しだけ表情を緩めた。
「さて……堅苦しい話はここまでだ」
そう言ってから、教室をゆっくりと見回す。
これからは自由行動になる。好きに学園内を回っていい。施設の下見をしてもいいし、仲間探しをしても構わん」
その言葉に、何人かの生徒の表情が明るくなる。
だが次の瞬間、先生の声がわずかに低くなった。
「――ただし」
先生はゆっくりと教室を見渡しながら言葉を続ける。
そして、その視線が、自然と一人の魔族の少年に止まる。
「羽目を外しすぎて問題を起こすな。
ここは遊び場じゃない。お前たちは世界を支える側になる存在だ」
その目が、明らかにゼオンを捉えていた。
さっき机の上に乗って叫んだ生徒を見ていれば、誰が一番危なそうかは一目瞭然だった。
ゼオンは何も言わないまま、なぜか少しだけ背筋を伸ばす。
先生は軽くため息をつくと、そのまま背を向けて教室の出口へ向かう。
「では、解散だ」
ドアが閉まる音が響く。
……なんで俺だけ見られたんだ。
まぁいいか。
そんなことを考えながら、ゼオンはこれから始まる統覇学園での自由な時間に、胸を躍らせていた。
先生が教室を出ていくと、その余韻が残る間もなく、教室は一気に動き出した。
椅子が引かれ、鞄が持ち上げられ、あちこちで声が重なり合う。
さっきまで張りつめていた空気は、嘘のようにほどけ、そこかしこで小さな輪が生まれていった。
「じゃあ、あの施設から見に行こうぜ」
「え、魔術棟?いいね!」
「ドラゴン族用の訓練場もあるらしいよ」
そんな会話が飛び交いながら、生徒たちは自然とグループを作り、楽しげに教室を出ていく。
まるで遠足に向かう子供たちのような軽やかさだった。
その様子を見て、俺もじっとしていられなくなった。
とりあえず誰かと一緒に回るか、と思って近くにいた三人組に声をかける。
「なぁ!」
俺がそう呼びかけた瞬間、三人は一斉にこちらを見て、そして――なぜか微妙な表情になった。
困ったような、気まずいような、妙に引きつった笑みを浮かべながら、何も言わずにそそくさと教室を出ていく。
……あれ?
置いていかれた俺は、その場にぽつんと立ち尽くす。
気のせいだろう、と自分に言い聞かせ、今度は少し離れたところにいた二人組に近づいた。
「おーい!」
元気よく声をかけた。
だが二人は、なぜか目を合わせようともせず、まるで見なかったことにするかのように足早に去っていった。
……え?
俺の手だけが、空しく宙に残る。
気がつくと、教室の中には俺ひとりだけが残っていた。
さっきまであれほど賑やかだったのに、今は机と椅子が並ぶ静かな空間に、俺の呼吸音だけが響いている。
……おかしい。
どう考えてもおかしい。
俺、何かしたか?
いや、さっき机の上に乗ったくらいだし、むしろあれで人気者になる予定だったんだが。
うーん……と腕を組んで考えた末、ふとひらめく。
あ!
そうか、俺は元覇王。今は転生したただの魔族だが、そのオーラはきっと隠しきれていないんだ。
溢れ出る尊大さ、圧倒的な格の違い、王としての威厳。
それに本能で気付き恐れ多くて近づけなかったに違いない!
なるほど、それなら納得だ。
俺はひとりで大きくうなずく。
……だが。
納得はしたが、現実として一人なのは困るな。
学園探検も、さすがに一人じゃちょっと寂しい。
誰かと話したいし、できれば普通に友達を作りたいんだが。
がらんとした教室で、俺はひとり、次にどう動くべきかを考え始めるのだった。
「クッソ……今日ほど自分のこの溢れ出る威厳を恨んだことはねぇぜ」
誰もいなくなった教室で、俺は一人そうぼやいた。
机の端に腰をかけ、腕を組みながら天井を見上げる。
まさか入学初日から孤独とはな。
覇王として世界を統べていた頃なら、玉座の間に誰もいなければそれはそれで落ち着いたものだったが、学園生活でこれはさすがに寂しい。
そんなときだった。
「ぷっ……ぷははは!」
突然、笑い声が教室に響いた。
驚いて顔を上げると、開いたままのドアのところに、一人の青年が立っている。
肩を震わせ、腹を抱えながら、いかにも「我慢できませんでした」と言いたげな様子で笑っていた。
「はぁー……ごめんごめん、笑い過ぎたよ。だってさ、君が一人で真面目な顔して、的外れなこと考えてるんだもん」
「何が言いたいんだ!」
思わず声を荒げると、青年はさらにニヤニヤする。
「君が避けられてるのは、威厳のせいでもなんでもないよ」
「え?まじ?」
一瞬でトーンが変わる俺に、青年は苦笑しながらうなずいた。
「うん、ちょーマジ。君が避けられてるのはね、自己紹介の時もそうだったけど……その君から溢れ出してる化け物じみた魔力のせいだよ」
「……は?」
「君にとっては普通かもしれないけど、僕たちから見たらさ、あれは常に殺気を飛ばされてる感じなんだ。
そりゃ誰も近づけないよ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かがカチッとはまった。
……あー。
「そのせいか……油断してた。気づかないうちに解いちゃってたか」
覇王時代、戦場に立つときは常に全力の魔力を垂れ流していた。
今の平和な世界でも、ついその癖が残っていたらしい。
俺は意識を集中し、体の奥から溢れ出していた魔力をぐっと押し込める。
空気ににじんでいた重圧が、すっと消えていくのが自分でもわかる。
「よし!これでいいか!」
そう言った瞬間、目の前の青年が目を見開いた。
「えぇ!?すっご!
今の魔力の量もそうだけど、その精密な操作……マジかよ」
心底驚いた様子で俺を見つめている。
「教えてくれてサンキュ!
ところでお前、名前なんて言うんだ?」
「え?……さっき僕も自己紹介したんだけどな」
そう言って、青年は少しだけ苦笑する。
「僕の名前はカイ。種族はスライム。よろしくね、ゼオン・ブレイズ君」
「スライム?」
一瞬だけ意外に思ったが、すぐに笑って手を差し出す。
「よろしくな、カイ!」
こうして、俺の学園生活で最初の友達ができたのだった。
覇王だった俺は、今世では青春を学ぶ @toneru1111
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