覇王だった俺は、今世では青春を学ぶ

@toneru1111

プロローグ 覇王

今から約三百年前。

その時代、世界は理も秩序も捨て去られ、終わりなき憎悪と欲望が支配する、まさしく“地獄”であった。

大地は焼けただれ、空は悲鳴をあげ、海は怒りに荒れ狂い、生命の営みはすべて、戦火の前に蹂躙されていた。


そこには数多の種族が存在していた。

人間、魔族、悪魔、天使、エルフ、獣人、ドラゴン、巨人、ドワーフ、深海族、吸血鬼、妖魔族、精霊――

そして、名もなき異形の民、古より続く原初の存在までもが、この狂乱の渦に飲み込まれていった。


人間は時に知恵を使い、時に欺瞞に満ち、他の種族が思いもつかぬ卑劣な策略を巡らせた。

正義も信仰も持たず、ただ生き残るために、裏切りと犠牲を積み重ねた。

彼らの手によって結ばれた同盟は、一夜にして裏切られ、築かれた信頼は即座に瓦解するのが常だった。


魔族は己の強さを絶対と信じ、誇り高くも傲慢に、戦争を神聖な儀式のように各地へ仕掛けては、勝者として踏み荒らした。

彼らの進軍には慈悲も迷いもなく、戦火は黒煙とともに世界中を覆った。


悪魔はこの混沌そのものを喜びとし、憎悪と苦痛を甘美な食事のように嗜んだ。

破壊し、堕とし、壊れゆく者たちの絶叫を、彼らは音楽のように楽しんだ。


天使は我こそが“天の理”を体現する者と信じ、自らを至高の種族と位置づけた。

その信念のもと、他種族を“穢れ”と断じ、粛清という名の大虐殺を世界に広げていった。

羽ばたきのたびに光の刃が降り注ぎ、純白の輝きは赤黒い血に染まっていった。


エルフは優雅なる森の民として知られていたが、その仮面の裏には高慢と選民思想が渦巻いていた。

彼らは異種族を見るたびに捕らえ、嘲り、拷問し、森という聖域を血の沼と化した。

その美しき森は、いつしか誰も立ち入れぬ地獄の森と呼ばれた。


獣人は群れを率いて荒野を駆け、血の咆哮とともに戦場を蹂躙した。

彼らの進む先では森が裂け、山が震え、川は赤く染まった。

彼らの本能は理を超え、文明を食らい尽くす“嵐”そのものとなった。



ドラゴンは空より降り立ち、翼の影に全てを葬った。

彼らの咆哮ひとつで山が崩れ、吐く炎は大地を灼熱の地獄へと変えた。


巨人は大地を踏みつけ、森を砕き、海を割り、ただ己の力のままに世界を蹂躙した。

彼らの怒りは地震となり、その歩みは文明を過去へと押し戻した。


ドワーフは、禁忌とされる兵器を次々と造り出し、それを惜しみなく各戦場へと送り出した。

彼らの造る兵器は神をも殺すと噂され、ついには“魔械”とまで呼ばれた。


深海族は海底より浮上し、陸地へと侵攻を始めた。

その群れは津波のごとく押し寄せ、海と陸との境界線を曖昧にし、無数の街を飲み込んだ。


吸血鬼は他種族の上に立つことこそが当然と信じ、影から支配し、血と支配欲で世界を染め上げていった。


妖魔族はこの世界の外より現れた。

彼らは異界に生きる“怪異”たちであり、理の外の存在。

常識も、命の価値も、彼らには通じない。

夜の闇より這い出で、死者の声に導かれるように侵攻を始めた。

彼らの存在は災害そのものであり、理を狂わせ、時に世界の法則さえも歪めた。


そして精霊たちは、この狂気の時代において唯一、大地の涙を聞いた存在だった。

彼らは争いを止めようとし、そのために自ら争いの中に飛び込んだ。

本来、調和を司る彼らまでもが争わなければならないほど、世界は病んでいたのだ。


他にも、名もなき種族たちが数多く存在し、それぞれがそれぞれの理由で、争いの渦に身を投じていた。

信念、恐怖、復讐、欲望、信仰、憎悪――そのどれもが火種となり、燃え盛り、そして世界を焼き尽くしていった。


それは「戦争」という言葉では到底語れぬ、世界そのものの“狂乱”であった。

この終わりなき地獄に、誰ひとり、終焉をもたらす者などいないと、誰もがそう信じていた。

だが――


この終わりなき絶望の中に――

まるで神話の余白から滲み出るように、一人の少年が現れた。


彼は、血に飢えた魔族として生まれながら、

その身に宿すのは、破壊ではなく“理”だった。

怒りを力に、悲しみを剣に、彼は歩いた。

ただ、狂った世界に秩序を取り戻すために。


彼は、魔族の頂点――その大魔王を、

人間の象徴たる英雄――その真勇者を、

空を支配する古き支配者――龍王を、

そして、万物の理とされる神すらをも、打ち倒した。


だが、彼は破壊者ではなかった。


戦乱を喜ばず、血に酔わず、征服を求めず。

彼の剣は「終わらせる」ためにのみ振るわれた。

終わらせるのは、“争い”という名の病。

終わらせるのは、“絶望”という名の連鎖。

終わらせるのは、“狂気”という名の運命。


その歩みは苛烈で、

その信念は凍てつくほどに鋭く、

その背中には、命をかけて彼を信じた配下たちの想いがあった。


やがて世界は気づいた。

彼こそが、真に“王”と呼ぶべき存在であると。


力だけでなく、

意志を持って世界を導いた少年。

かつて神でさえ為しえなかった「統一」と「調和」を現実のものとした少年。


彼の名は、今では知らぬものもいない。

その存在は、今もなお、語り継がれている。


そして、人々は彼をこう呼ぶのだ――


覇王、と。

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