どうせ死ぬから明日は
登々野つまり
プロローグ Suicide
とある雑居ビルの屋上。
暖かさも冷たさも感じない風を浴びて僕はフェンスに手をかけた。
指先の感覚は曖昧で、呼吸が乱れている感覚はない。
このフェンスを越えれば、僕を阻むものは何もない。
思うがままにフェンスをよじ登ろうとした時だった。
「ここ、私の特等席なんだけど」
背後から聞こえた声色には怒気が含まれていた。
驚いた僕は振り返り、声の主を確認した。
「めちゃくちゃ迷惑だから」
暗くてよく見えないけど、髪がボサついて見える少女は、矢継ぎ早に言葉を放つ。
「ねぇ、今死のうとしてたでしょ?」
「ここ、星がすごくきれいに見えるの。
あなたが自殺なんかすると、
屋上が封鎖されて、入れなくなるじゃない。」
面倒な人に声をかけられてしまった。
彼女にとってこの場所が特別なように、僕にとってもここは特等席だ。
屋上が解放されたビルなんて、現代社会において存在自体が奇跡だ。
もちろん、死ぬ場所は、終電や部屋の浴槽も考えたが、このビルを見つけた時に、ここしかないと心が決めたのだ。
「その、邪魔しないでもらえますか?」
「私の言葉聞いてた?
とにかく帰って、 死ぬなら別の場所でどうぞ」
テレビドラマでは死にそうな人を見かけた人はもっと取り乱すものではないのか。
淡々と、ただ確かに怒りを表明する様子に僕は諦めた。
なにせ僕は死のうとしている人間で、 誰かと言い争う気力なんてあるわけがない。
足早に立ち去ろうとする僕に彼女が声をかけた。
「ねぇ。キミはもうちょっと空でも見上げてみたら?」
意味も意図も感じることのできなかった僕は、振り返ることもせずその場を去った。
明日は死ねるだろうか。
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