第2話 登校日
二人の遺体を発見した後のことは、よく覚えていない。警察を呼んで、その後の取り調べで発見当時の状況を聞かれて……。幸か不幸か、僕たちと自殺した二人との関係性は詳しく聞かれなかった。警察としても学校としても、事件性のない自殺と処理するつもりなのだろう。
学校は臨時休校となり、次の登校日は一週間後の月曜日であった。
†
全ての整理がついたわけではないが、立て続けに起きた出来事がまったくの現実であることは、ようやく受け入れた。
結局クラスラインは一時的に解散して、例の写真ごと削除された。警察に写真のことは話していないが、教師には1年A組の誰かが連絡していてもおかしくない。しかし写真の実物を見ていない教員の立場からは、自殺した二人の中で完結しているトラブルであって、できるだけ隠密に処理したいと考えるだろう。
写真が投稿されたのは、確か日曜日の午後4時12分。佐藤から最後のラインが届いたのが4時31分。俺が学校に到着したのがおそらく4時50分前後。
あの日バスケ部は練習オフのはずだから、部活を抜け出して二人とも自殺したわけではない。
二人が自殺したのは4:31から4:50の約20分の間。となると二人のうち片方が先に自殺してもう一人が後追いしたというより、二人同時に自殺したと考えるほうが自然だ。
表面上水野は佐藤にとって加害者であるはずだから、佐藤がむりやり水野と心中を図ったのか……?
まてまて、校舎の屋上には簡易的とはいえ1メートルくらいの転落防止用フェンスが設置されている。運動部といっても、水野は佐藤より少し背が高いし、力づくでフェンスを乗り越えて一緒に投身自殺するのはほぼ不可能だ。水野が佐藤を巻き込んだと考えるにしても、わざわざ水野まで自死を選ぶ必要があるのだろうか。そもそも水野と佐藤は俺からみると、女子バスケ部の中でもかなり仲の良いペアだったはず。
となると二人とも自分の意思で身投げしたということか?
あの写真から佐藤と水野以外に少なくとももう一人の男が事件に関わっていることは間違いない。その男が原因で、二人は自殺した……?
考えても二人を死に追い込んだ男とやらの輪郭は掴めない。というか、第三者からみれば佐藤に振られたばかりの僕がその男に該当するのだろう。
佐藤と水野に対して強い憎しみを持っていた男……。佐藤をレイプした男はただの協力者で、二人を憎んでいたのはまた別の人物である可能性もあるか? だとすると、ますます話が難解になる。同じ女子バスケ部は1年全員で遊びに行くほど仲がよかったし、男バスだって別に二人が嫌いではなかったはずだ。
明日は事件後最初の登校日だ。クラスメイトの中で犯行動機が最もあり得るのは僕。正直、周囲からどんな目でみられるかわかったもんじゃない。
†
今日はいつもより遅く家を出た。そのせいか、通学中クラスメイトには会わなかった。
まだ雪こそ降っていないが、だいぶ肌寒くなってきた。時折ビュオォォと吹きさす風が、そのまま僕を射殺してしまわないかというほど冷たく僕の心身を痛めつける。
学校に着いて、ゆっくり靴を履き替える。学校は5階建てで、1学年の教室は2階。昇降口からすぐの階段を登って、1年A組の教室は一番近くだ。
できるだけゆっくり、音を立てないように、でも不自然じゃないように教室のドアを開けた。
一瞬、何人かの視線が僕に集まる。僕が教室に入る前から、教室はほとんど静まり返っていた。
挨拶は、しない。てか別に、普段から、みんな挨拶なんかしない。
教室の後ろを通って、僕の席に着く。しばらくして、一人の女子が僕の席に近づいてくる。……山下だ。女バスで、佐藤と水野とも仲が良かった。
悲しいような、怒りを抑えられないような、不思議にひきつった顔をして僕を睨んでいる。僕はどんな顔をしていいかわからないし、今僕がどんな顔をしているかもわからない。たぶん決まりが悪そうな昏い顔だ。
山下が僕の正面に立つと、何も言わずに僕を視線を投げかける。耐えきれなくなって、僕の方から口を開く。
「なに——」
瞬間、バチンッと音が鳴って、少し遅れて左頬がヒリヒリと痛む。
ビンタされたのか、僕。てか結構痛いな。バスケ部だから、球体状のものを弾くのは慣れてるのか?
そんなどうしようもないことを考えながら、しかしビンタされた後の頭の位置から僕は動かない。なにも言わず無抵抗で呆気に取られたような顔をする僕をみて、ダムが決壊したかのように山下が捲し立てる。
「あ……あんた、よくも、よくもあんなことして、あんなことがあって、のうのうと学校に来れたわねッ!」
山下が言い直したのは、おそらく山下も、ほんとは僕がそんなことするはずがないと思っているからだろう。するはずがないと思いながら、溢れる感情をぶつける先が、僕以外に見当たらない。そんなところだ。
「なにか言い返しなさいよ、このひとごろ——」
言いかけて、止まる。これ以上は、吐いた言葉の収拾がつかなくなると、山下も理解したのだろう。
そのまま膝が砕けたように崩れ落ちて、ただ咽び泣いていた。
しばらく山下が泣き続けた後、担任の先生が教室前方のドアから入ってきて、皆なにも言わず各々の席に戻った。山下も泣き止んだのかゆっくり席について、俯いたままぴくりとも動かない。
さっきまで気づかなかったが、高橋が教室にいない。そりゃそう、というか、普通はそうするべきだ。交際中の彼女が自殺したとなれば、一週間経ったところで、すぐ学校に来れるような精神状態に戻るわけがない。山下の言う通り、のうのうと学校に来ている僕の方がおかしいのだ。
担任の岡田が、静まった教室を一瞥して喋り出す。
「まずは、おはよう。……さて、連絡のあった通り、先週の日曜、うちのクラスの佐藤と水野が校舎の屋上から飛び降りて自殺した。警察の見解では事件性はない、とのことらしいが……」
らしいが、というのは、つまり写真のことだろう。佐藤が性的暴行を受け、その際の写真がクラスラインでばら撒かれたとなれば、事件性がないとはとても言えない。
「先生の方にも、例の写真の件は耳に入ってる。……しかし、写真を持っていた水野も自殺してしまった以上、詳しいことはもう調べようがない。なにか知っていることがあれば、信頼できる先生に教えてほしい。が、あまり生徒間で二人に関する噂話をしたり、クラス外の人間にこの件の話をしたりするのは控えるように」
机の上で組んでいた僕の両手が、互いの掌を抱きしめ合うように更に固く握られる。
やはり教員たちとしては、これ以上トラブルを掘り起こして騒ぎを広げたくないのだろう。
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