【2000PV突破!】別れた直後に元カノが自殺した。

ユウキ

第1話 レイプ写真

 何もやる気が起きない。起きるはずがない。一昨日の金曜日の夕方、彼女から電話が掛かってきて泣きながら別れ話を告げられた。泣くぐらいなら別に別れなくたっていいじゃないかとも思うが、そんな風に女の子の気持ちがわからないこともフラれた原因かもしれない。

 元カノの佐藤とは、一昨日でちょうど付き合って半年になるか。高校生になって初めてできた彼女にしてはそこそこ続いたほうなのだろうが、わりと、というかかなり円満に交際を続けてきた僕にとっては、別れ話の電話は青天の霹靂? 寝耳にミミズ?

 ……ミミズではないか。

 大体、電話をよこしてきた日、佐藤は学校を体調不良だかで休んでいた。体調がすぐれない日に、わざわざお互いの精神と胃に負担をかけるような決断を下すべきじゃないと思うのだが。それとも、僕に別れ話をすることのストレスそのものが体調不良の内容ということか。

 考えれば考えるほど、精神が病んでくる。昨日も今日も、一日のほとんどをベッドの上で過ごしている。今だって、面白いんだか面白くないんだかわからないYouTubeのショート動画をスワイプし続けて、ただひたすら時が過ぎるのを待っている。


 午後4時を過ぎた頃、クラスラインの通知が鳴った。一応クラスラインには1年A組の35人全員が登録されているものの、行事前を除けば、そこまで活発に動いているわけではない。通知によると、水野が写真を投稿したらしい。水野は佐藤の親友で、二人とも女子バスケ部。今日は水野と遊ぶから、といって部活のない日に佐藤に下校の誘いを断られることも珍しくなかった。

 女子が友達と遊びに行って、プリクラをなぜかわざわざクラスラインに送信することも、一応何回かはあった。すると、水野が僕を振った直後の佐藤を慰めるために遊びに行って、その時の写真である、と考えるのは邪推だろうか。


 5分くらい、スワイプされていくショート動画を眺めながら、ラインの投稿を見るべきか考えた。いや、別に見たところで大した被害もないんだが、もし。もし、佐藤が全くの笑顔で、元カレのことなんか脳の片隅にも残ってません、みたいな様子で写真に写っていたならば、僕はむこう一週間立ち直れなくなっちゃうかもしれない。

 でも、よく考えたら失恋直後の僕に見せつけるかのようにそんな写真をクラスラインに送るだろうか? 水野だって現在進行中で彼氏がいるし、悪いやつではないし、一応フラれた僕にも配慮ぐらいはするだろう。そもそもそんな写真の存在自体、おセンチな僕の被害妄想であって、なにか別の、例えば間違えて誰かの筆記用具を持って帰ってきたとか、いつだかの集合写真を先生からもらったとか、そんなところじゃないか?


 意を決して、クラスラインを開いて、僕は脳が強制シャットダウンした。


 水野がクラスラインに投稿した写真は——ガムテープで口を塞がれ、衣服を破られ、乱暴に犯された直後の、涙を流して地面に倒れている佐藤の写真だった。







 脳が、なにもかも、理解することを拒んだ。脳のどこかがキリキリと痛み出し、視界は揺れ物体の境界がうまく認識できない。

 全くもって理解不能だった。今流行りの、ディープフェイクとかいうフェイク画像かと思ったが、だとしてもなぜわざわざ水野が、佐藤の親友であるはずの水野が、こんなあまりにもセンセーショナルな画像を、クラスラインに投稿するんだ……?


 脳の整理がつかないまま、現実を受け入れられないまま、ただ元カノがめちゃくちゃにレイプされた後の画像を眺めていた。

 目は虚ろで、顔や腕はところどころ青アザになっている。胸はさらされて、乳首の周辺には噛み跡らしきものが確認できる。仰向けのまま股を開いた状態でぐったりとしているし、佐藤の綺麗な腹部には白濁した液体が散らされていて——。


 目に飛び込んでくるものを認識する毎に息が詰まり、心臓が悪魔にでも握られているかのように錯覚する。

 過呼吸になりながら、ようやく、佐藤が倒れている地面が、見覚えのあるものであることに気付いた。

 学校の校舎裏。日陰になっていて、所々大きくない雑草が生えている。何を隠そう——半年前、僕が佐藤に告白をした場所だ。


 むりやり思考を巡らせた。今の時刻は午後4時半。写真の光の入り方的に、かなり日が傾いているように見える。となると、少なくとも今日撮った写真ではない。

 写真に関する情報もこちらから確認することはできなそうだ。


 写真の既読は21……今22に増えた。他の人からの反応はない。ともかく今すぐに水野に送信を取り消すように言わないと……って、言ってすぐ消すぐらいなら、最初から投稿しないだろ。


 気まずいどころの話じゃないが、今はそれどころじゃない。佐藤に電話して、事の真偽を——。


 佐藤にラインで通話を掛けようとした時、ちょうど佐藤から僕のラインにメッセージが届いた。


「愛してるよ。ごめんね」







 自分を振った元カノからの愛のメッセージに、一瞬ドーパミンが出たが、全くもってそれどころじゃないのだ。

 このタイミングで? なぜ自分から振っておいて? ごめんねって何に対して?


 際限なく湧き出る疑問に答えは出ないが、佐藤に通話を掛けた……が、電話には出てくれない。

 何回かけても繋がらないので、今度は水野にもかけてみるが、やはり繋がらない。

 クソッ、一体どうなってんだこの状況は……


 途方に暮れていると、急にラインの通話が掛かってきた。相手は高橋。僕の友達で、水野の彼氏だ。唐突のバイブレーションにビックリしてスマホを手から滑らせベッドの上に落としたが、慌てて拾い上げて応答する。


「おい、林。クラスラインの写真見たか? どうなってんだよ。お前の彼女だろ」


「見たさ。僕だってなにがなんだかわかんないよ。というか、佐藤には一昨日振られたってお前にも伝えただろ。それでいうなら、なんでお前の彼女があんな写真持ってるんだよ」


「俺もよくわかんねえんだって。さっきから電話掛けても繋がんねえし、ラインも既読無視だよ。お前と佐藤が別れたことに、なんか関係あるんじゃねえのか?」


 高橋の指摘を受けて、背筋に悪寒が走った。僕と佐藤が別れたことは高橋にしか伝えていないが、他の人に伝わるのも時間の問題。すると当然、第三者の目にはこう映る。林が、僕が、別れを切り出されたことに逆上して、佐藤に性的暴行を加えた。そしてその写真を、脅すなどして水野にクラスラインに投稿させた、と。

 高橋がこの件に関与していないなら、当然高橋もこの結論に辿り着くだろう。


 やばい。やばいやばいやばいやばひやばば。


——このままでは、僕がこの出来事の諸悪の根源だと決め付けられかねない。

 なんて言えば……。なんて説明すれば、僕が関わっていないことを高橋に納得させられる? 水野を犯人にするのは無理がある。動機がないし、そもそも佐藤をレイプしたのは当然男だ。それに、水野の彼氏である高橋は納得しない。

 胸の鼓動が、体感通常の5倍速かのように早鐘を打っているのを感じる。

 首筋にひんやりとした大粒の汗が重力に従って伝い落ちる。


「本当に、何一つわからないんだ。僕は金曜日、佐藤に電話でフラれて以降家を出てないし、佐藤たちとも連絡してなかった。信じてくれ」


「別に誰も、お前が犯人なんで言ってないだろ」


「そうなんだが、客観的にみて真っ先に疑われるのは僕だ。でも、ほんとに僕はなにもしらないんだよ」


「わかったわかった。俺も林を疑う気はねえよ」


 だいぶ取り乱していたが、高橋のおかげでいくぶん落ち着いた。しかし、事態はなにも進展していない。


「俺ら二人とも連絡とれないんじゃ、佐藤たちの家を直接尋ねるしかないか? お前、佐藤の家、何回か行ってるからわかるだろ」


「こんな状況で僕たちが佐藤の家に行くわけにはいかないだろ。そもそも今家にいるとも限らないしな。それよりあの写真、おそらく校舎裏で撮影した物だ。今、まだどっかの部活が活動中なら学校開いてるはずだし、先に現場を調べるべきだ」


「……わかった。じゃあ今すぐ、学校集合な」







 僕も高橋も家から学校まで自転車で10分ぐらい。飛ばせば5分で着く。


 先に学校に着いていたのは高橋だった。


「着いたか。校舎裏つっても、具体的にどこらへんかわかるのか?」


「わからない……が、むりやり暴行を加えるとしたら、校舎裏に回ってできるだけ奥の方だろう」


 高校の校舎は5階建てで、南側に昇降口があり、校舎裏は校舎の影で一際暗くなっている。

 そう言って校舎裏に向かうとすぐ、僕たちは足を止めた。校舎裏の地面には、二人の女子高生の飛び降り死体——それも、佐藤と水野の死体が、地面に血を撒き散らして横たわっていたからだ。

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