第2話

「白と金髪が入り混じった隻腕の少女──。近い内に、ルクセリアとの協約で秘密裏に受け渡しがあるらしいぜ──」


「はぁ?まだじゃねえだろ?それにあの女って──確かオーガスタの爺さんトコのだろ。が裏で心月前に秘密裏にルクセリアに差し出されるとか、酒の飲み過ぎだよお前は。与太話もそこまでにしとけ」


「だぁから嘘じゃねえんだって!!俺はフロイドの連中共が話してるのを──!」


「バカ…!声がでけえ!どのみちあの女には関わらねえ方がいい…!オーガスタとフロイドの息のかかったやつなんか碌なことにならねえ…!」


▼▼


 私は他人からなんと言われようが、気にしない。勝手に言わせておけばいい。だけど、オーガスタの事を悪く言われるのは気分が悪い。

 この国に来て、片腕を失っていた事によって色々な事に支障をきたした。力仕事も、細かい雑用も、戦いも──。イェネファでは食べていく為に、国内の中に限ってだが仕事に困る事はない。城の外とは大違いだ、とはよく聞く話だ。私には肝心の、その外にいたであろう時の記憶がないのだけれども。

 オーガスタはそんな私に、機械仕掛けの精巧な腕を与えてくれた。その義手は、元からある自分の手よりも思いのままに、精巧に動かす事が出来たし、やたらと頑丈だった。滅多な事では傷一つつかないし、咄嗟に身を護るのにも、とても役立っていた。

 だがちょうど、例の話しを酒場で聞いたあの日──後ろから声をかけられたかと思うと、気づいた時そこは自室だった。何一つ盗られた痕跡はない。だが一つだけ。オーガスタによって組み込まれた私の左腕だけが取り外されていたのだ。その日は一日中辺りを探し回ったし、なんなら聞き込みもした。それに私は片腕の少女として、ある程度の知名度がある様で、皆が口を揃えてこう言ったのだ。



「オーガスタの爺さんの傑作とまで言われるモンに手ぇ出すやつなんかいねえよ…!」

「あらレミュアンちゃん…その腕…えぇ…?!盗られた?!」

「勘弁してくれ…!あの爺さんが拵えたモンに手ぇ出すなんてある訳ねえ!」



 あれからオーガスタには顔を合わせられてない。だが、避け続けるのも限界がある。何より大きな国とは言え、隻腕の少女など私くらいのもの。片腕をともなれば、直ぐに噂は広まる。もう覚悟を決めて謝りに行くしかない。気が重い。


「フロイド…ちゃんと約束は護ってよね…」


▼▼


「ただいまー。オーガスタぁ?どこぉ?」

「────」


「また地下か──。あそこ臭いから嫌なのに…」



私の実家──いや、私はオーガスタの家を間借りしていた。彼は一階と地下に工房を持っていて二階が私の寝床兼自室だった。元はオーガスタの部屋だったが、工房から出る事がない為、気づいた時はもう私の部屋になっていた。七歳から十五歳まではこの家で過ごしたのだ。今は城門近くの安宿を借りている。「お前ももう、女性としてこんな寂れた爺さんと一緒に何時迄もいるわけには行かんだろう。経験だと思って自分の部屋を借りておいで」とはオーガスタの言葉だ。だけれども、私は正直彼と離れるのは少し寂しかったし、家を出る時は私を追い出したがっているのかと言い合いになり、喧嘩をした時の事は忘れられない。



「ただいまぁ──ってまたこんな所で寝て…さっきまでなんか騒がしかった様な気がしたけど…気のせいか…」


「う…」


「ほら、せめて椅子で寝るのはやめてベッドに──ってまた重くなった?最近食べすぎだよ…っと」



 椅子に突っ伏して力尽きているオーガスタを、なんとか肩に腕を回しながら起こすとベッドへ。一緒にほぼ眠ったままの巨漢を連れて室内を歩いていくのだが、いつもなら左腕の義手のお陰か、こんなに重いとは感じなかったのに──


「──重くなってなどおらんわ」


「っわぁ?!びっくりしたぁ…」


 目を覚ました彼は当然のように、続けて直ぐに私に問いかけた。「レミュアン、腕はどうした──?」と。


「…ご、ごめん。オーガスタの作ってくれた腕…盗まれたみたいで…ほ、本当にごめんなさい!」


「────盗まれた…?」


「その、酒場からの帰り道に後ろから襲われて…怪我とか何も盗られたりはしてなかったんだけど…左腕が外されてて…ごめん」


 正直に言うつもりだったとはいえ心の準備が出来ていないのに話し始めたせいで、言葉がうまく出てこない。それに申し訳ない気持ちが強くて、オーガスタの顔を直視出来ない。



「レミュアン、腕が外れてから──何処か痛みがあったり…とかは?」


「痛み──?いやオーガスタ。私どこも怪我なんてしてないの。本当に義手だけ綺麗に外されてて──」


「そう、か──。それで、今日はわざわざ謝りに来てくれたのか?ダズのヤツが言ってたぞ。フロイドをあんまり困らせるんじゃないぞ、アイツは…あの男なりにレミュアン──お前の事を心配してるんだ」


「フロイドが心配──?悩みの種が無くなるって喜びそうな感じだけど…」


「そう言ってやるな。レミュアン──ワシは急用が出来た。これから城に行かないといけない。部屋はいつも通り好きに使いなさい」


「え…?だめだよオーガスタ全然休んでないんでしょ?どうせ徹夜で作業してたんだから少しは休まないと…」


「いや、急ぎの用事が出来てな。夜には帰ってくると思うから──。夕飯は…久しぶりに一緒にどうだ?」


「…うん、わかった。ダズのお店で良い?ちょうど私もダズに聞きたいことがあるし」


「決まりだな。では早速ワシは準備するでな」



 なんでだろう。オーガスタの目は何処か遠くを見ているように、私でいて私でない──何処か遠くを見ていたの。








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