響くストラグル

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第1話

 私は──幼い頃の記憶がない。正確に言うと、数え年で今は十六歳だから、七歳くらいまでの記憶がすっぽりと抜け落ちている。どうやってこの国にやってきたのか、どうしてこの国で暮らし始めたのか──肝心な部分が抜け落ちてる。そう、毎日を生きるのが精一杯で、生きていくことに必要のないと判断したものは極力削ぎ落としてきたから。

 だから──素直にそう答えたの。私は自分の過去になんて興味がないし、お腹の足しにもならない事は考えるだけ無駄。わからないものは解らない。


「ったく…言いたい事はわかるがよ…お前さんの苦労も分かるつもりだ。だけどな…この場所から出ていくってなるとな、そもそもお前さんをここに預けた契約者が認めねえと外に出れねえのよ、レミュアン」


「ふんっ…預けたって言っても私──そもそも覚えてないんだし。どうしてこの国──イェネファに来たかも解らないのに、契約者って…国から出て行こうとしてるだけなのにどうして許可がいるの?意味わからないよ」


「どうしてって──そりゃあこの国に集められた奴らは…その──門外不出の大事件でも起こした様な奴らしか入国出来ないんだし、しょうがねえだろ」


「だから私は覚えてないし──そもそも!こんなか弱い少女ので何が出来るっていうの?剣術だってよくわからない、体術も、波動式も!私には何もないんだから出て行きたいって言ってるんじゃない」


 押し問答を繰り返す私と、城門の警備を任されているフロイドは暫くこの国──イェネファの大門の前で言い合いを続けている。痺れを切らして、無理矢理にでも駆けて行こうとするも周りの兵士たちに取り押さえられて、ぐちゃぐちゃになる内に気付けば人だかりが出来ている。見せ物じゃないんだから──。私はこの国から出て行きたいだけなのに。


「レミュアン!落ち着け…!ただでさえお前さんは目立つんだ…!それにその腕──義手はどうしたんだ?オーガスタの爺さんが見たらなんて言うか…!一先ず、お前さんを預けた契約者を調べてみるから──ここは一旦収めて家で待っていろ。俺とお前さんの仲だ、約束は守るから」


「そう言っていつもはぐらかそうとするじゃないフロイドは。──破ったら…許さないから」


「任せとけって──」


 耳元で小さく私だけに聞こえるように耳打ちするとフロイドは直ぐ様騒ぎを収めるために、大きく腕をあげて仰々しくパフォーマンスした。


「よーしみんな!騒がせてしまって済まなかった!ちょっと行き違いがあってな!もう大丈夫だから!ほら散った散った!」


 集まった人だかりは名残惜しそうに、ゆっくりとまばらに散っていく。この国では、ある程度の生活は保証はされていても、皆──刺激に飢えているのだ。力を抑制されている反動だろうか。こう言った騒ぎが起きると、皆目を血走らせて一気に盛り上がる。沸点が高い筈の人間が籠に囚われて何年も生活するのだ。当たり前──と言えば当たり前だった。それに、私の容姿が目を引く事も──最近は理解しているつもりだ。



「──フロイド!約束、だからね」


「あぁ、約束。だ」



▼▼



 この国は特別犯罪者収容国家、通称「ヘリオス」──。国内を「イェネファ」と「レトリック」と言う勢力と二分していて、私は「イェネファ」側に属している。「レトリック」は「イェネファ」を使役する事が可能な存在──らしく、私は二十歳になるまでに「レトリック」の神官共に使役される運命らしい。

 人が人を使役する──。初めて聞いた時は違和感しかなかった。人間なのに、誰かに使ってもらう存在。完全な主従関係でありながら、奴隷の様な扱いをされる訳でもない。正直言っていまいちよく分かっていないし余り興味も無かった。

 集められた人達は皆──外で何某かの大きな事件を起こし、特級の犯罪者として認定された者。この国の空まで含む大きな結界の影響だろうか──。名だたる犯罪者達は、この国ではただの人だった。それに結界のせいで、常人の体力の半分以下に、と制限までついている始末。最初こそ暴れ回るものも多いが、直ぐにみな──大人しくこの「籠」を受け入れる。


 ヘリオスでの生活は決して満足のいくものではなかったけど、最低限の仕事もあったし、私は多分──良い友人達に恵まれていたんだと思う。さっきのフロイドもその一人。私がこの国に来て、物心ついた時には既に身の回りの世話を何かと焼いてくれた。いくら力を制限されているとは言え──気性が荒いヤツも多い。そんな時いつもフロイドは間に入ってくれた。


 私はこの国に別に不満があった訳じゃないし、過去の記憶もうまく思い出せないのなら。ここで生きていくしかない。そう思ってた筈なのに──あんな事を聴いたから──。


「第291期入国の、白と金髪が入り混じった隻腕の少女──。近い内に、ルクセリアとの協約で秘密裏に受け渡しがあるらしいぜ──」

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