第7話:白銀の世界と小屋の灯火

 森の木々が最後の葉を落とし、灰色の枝だけが空に突き出すようになった頃、それはやってきた。最初はちらちらと舞う白い欠片だったものが、一夜にして世界を白銀に塗り替えたのだ。

「わぁ……雪だ!」

 朝、小屋の扉をそっと開けたケンタが、歓声を上げた。ユメやミコも、生まれて初めて見るような本格的な雪景色に目を輝かせ、おそるおそる外に出ては、手のひらに舞い落ちる雪の冷たさに小さく声を上げる。アヤネやアルトも、しばしその幻想的な光景に見入っていた。

 アキオはそんな子供たちの様子を微笑ましく見守りつつも、これから始まるであろう冬の厳しさに内心で気を引き締めていた。


 雪は数日降り続き、森はすっかり深い雪に覆われた。こうなると、日々の食料調達も格段に難しくなる。仕掛けた罠は雪に埋もれてしまい、獣の足跡も見つけにくい。薪の追加も、雪をかき分けて森の奥まで入らねばならず、危険が伴う。

「いいか、雪の中を歩くときは、絶対に一人で行くんじゃない。それに、自分の来た道をしっかり覚えておくんだ。吹雪になったら、あっという間に方向が分からなくなるからな」

 アキオは、雪かきを手伝うアルトとケンタに、雪山での基本的な注意点を言い聞かせた。備蓄しておいた薪と食料のありがたみを、全員が改めて実感する日々だった。


 日中の多くの時間を、暖炉の火が燃える小屋の中で過ごすようになった。退屈を持て余し始めるかと思われた子供たちだったが、アキオは彼らのためにささやかな学びの場を設けた。

「字が読めたり、数が数えられたりすると、何かと便利だぞ」

 アキオは、平らな木の板に炭で簡単な文字(地球のひらがなや数字をこの世界の文字に見立てて)を書き、アヤネから順に読み方を教え始めた。アヤネはすぐに覚え、今ではミコやユメに絵本でも読むかのように、アキオが書いた文字を読んで聞かせている。アルトとケンタも、最初は面倒臭そうな顔をしていたが、アキオが狩りの記録や道具の数を数えるのに使うのを見て、少しずつ興味を持ち始めた。

 また、アキオはナイフ一本で、木の端材から見事な動物の木彫りを作り上げ、子供たちを驚かせた。それは精巧なものではなかったが、温かみのある熊や兎の置物は、子供たちにとって何よりの宝物になった。

「アキオさん、すごい! これ、どうやって作るの?」

 ケンタが目をキラキラさせながら尋ね、アキオは「まあ、長年木を扱ってりゃ、これくらいはな」と、少し得意げに作り方を教えてやるのだった。

 そんな中、アヤネは台所仕事の合間に、以前アキオに教わった乾燥ハーブや木の実を使って、体の温まる飲み物を作って皆に振る舞った。ほんのり甘く、香りの良いその飲み物は、冷えた体を芯から温めてくれ、子供たちはもちろん、アキオにとっても何よりのご馳走だった。


 ある夜、天候が荒れ、猛烈な吹雪が小屋を襲った。ゴーゴーと唸る風が小屋を激しく揺さぶり、壁のわずかな隙間からは粉雪が容赦なく吹き込んでくる。暖炉の火も心なしか弱々しく感じられ、子供たちは不安げな表情でアキオを見上げた。

「大丈夫だ、この家は俺がしっかり作った。そう簡単には壊れんよ」

 アキオは努めて冷静に言い、子供たちを落ち着かせた。しかし、風の勢いは増すばかりで、屋根の一部がミシミシと嫌な音を立て始める。

「いかん、あそこが危ないかもしれん」

 アキオはすぐさま立ち上がり、予備の毛皮や防水用に加工しておいた獣の皮、そして太い木の枝を手に、問題の箇所へと向かった。

「アキオさん、手伝います!」アルトが、そしてケンタもすぐにアキオの元へ駆け寄る。

「よし、アルトはその皮を押さえてろ。ケンタはそっちの枝を俺に渡してくれ!」

 アキオの指示に従い、子供たちは必死に作業を手伝った。アヤネはミコとユメをしっかりと抱きしめ、不安を押し殺しながら男たちの作業を見守る。アキオが危険な場所に登ろうとすると、アヤネは「気をつけてください!」と声をかけ、彼の背中に自分の肩掛けをそっとかけ直した。

 小一時間ほどの格闘の末、なんとか応急処置を施し、最悪の事態は免れた。外の風はまだ唸りを上げていたが、小屋の中は先ほどまでの危機感が嘘のように静まり返っている。


 吹雪がようやく収まったのは、夜明け近くだった。真っ白な雪が全ての音を吸い込み、世界はしんと静まり返っている。小屋の中では、疲れて眠り込んだ子供たちが、互いに寄り添いながら穏やかな寝息を立てていた。

 アキオは、暖炉に薪を一本くべながら、その寝顔一つ一つを順に見つめた。厳しい冬はまだ始まったばかりだ。これからも多くの困難が待ち受けているだろう。だが、この小さな小屋の中には、どんな吹雪にも負けない確かな温もりと、共に力を合わせれば乗り越えられるという静かな自信が満ちていた。

 この灯火を、何としても守り抜かねばならない。アキオは、窓の外に広がる美しいながらも厳しい白銀の世界を眺めながら、改めて心に強く誓うのだった。

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