明日へ

@nemuritori11

回想


 


 蒸し暑さで目が覚める。


 まだ完全に開いていない目をこすりながら、電気をつけ、あたりを見渡す。


 いつも見慣れた部屋の造形。段ボールと、テーブルの上のデスクトップパソコンが目立つくらいで、ほかに特徴のない部屋。


 そんな空間で、見つけてしまった。


 埃をかぶったケースの中に何が入っているかは、寝ぼけた頭でもすぐに理解できた。


 懐かしさよりも、苦い思い出が蘇る。


 ――何も形にならなかった過去。


 クローゼットの中に収納しようと持ち上げた、その瞬間。


 不意に、ケースの中から錆びついたような音がした。


 


 友達の流行に逆らうように、私は「自分が楽しめる趣味」を探していた。


 ゲームでも、スポーツでもない。みんなとは違う、何かを。


 部活や習い事にも惹かれなかった、10代の私。


 そんな変わり者だった私の目に、あるものが映った。


 学校から帰る道の途中にある、楽器屋。


 いつもなら気にも留めず、通り過ぎていた興味のない店が――


 ただ、その日は違っていた。


 心に、ぽっかりと空いたままの隙間があった。その日は。


 


 学校の授業で、教師から「好きなものは?」と聞かれた。


 名指しで答えを求められた私は、その至極簡単な質問に、言葉が出なかった。


 そのとき、私は気づいたのだ。


 自分が今まで、心から楽しみ、夢中になったものが、何もなかったことに。


 だからこそ――自分が楽しめるものをやりたい。熱中できるものを、探したい。


 そう思うようになった。


 


 その日、ショーウィンドーに展示されていた一本のエレキギターに、目を奪われた。


 焦る気持ちが、普段興味のないものに、私を向かわせたのかもしれない。


 店頭で流れる軽快な音楽。


 ギターのソロパートが、耳に流れ込んできた。


 音楽に触れたことのなかった私が、息をのむように、そのギターを見つめていた。


 


 ――その日は、店に入らず、そのまま帰宅した。


 けれど、私の心には、ひとつだけ。秘めたものが残っていた。







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