またいつか、5年間

海湖水

またいつか、5年間

 街には日差しが降り注ぎ、蝉の声も聞こえてくる季節となった。もっと寒い季節に、そう、たとえば冬にでも別れてしまえば、少しはそれっぽかったのだろうが、現実はそうもいかないようだ。

 私の頬を伝うのは、涙ではなく汗であり、寒さに凍えてかつての恋人を思い出すなんてこともない。


 「はぁ、あっつい。気分も下がっちゃうなぁ……」


 まあ、暑いと言っても、例年よりは少し涼しいのだが、最悪から一段下がったところでそれが悪いのは変わらない。

 恋人と別れたことといい、最近は本当に気分が下がることばかりだ。まあ、恋人と別れたのは私の問題なのだが。

 別れ話を切り出したのは私だった。最近の私たちなんかこれに慣れすぎちゃったよね、みたいな話から始まり、淡々と2人で話を続けている時、ふと彼とはもう進展がないんだろうと感じてしまった。だから別れた。それだけだった。

 彼も意外にも簡単に受け入れてくれた。はじめは「どうして」といった顔をしていたが、私の話を聞くうちに納得していったようだった。もともと気弱で泣き虫な彼だったが、その時は泣かなかった。なぜだかは分からないが、それがずっと頭に残っている。


 「涙、枯れてたんだろうなぁ」


 今ではそう思うことにしている。いつも泣きすぎて、涙の生産が追いついていなかったのだろう、と。

 そんなバカなことを考えながら街を歩いていると、駅に着いた。

 彼と別れる原因は私だったこともあり、家からは私が出て行った。仕事場が近くにあったこともあり、アパートを借りてそこに住むことにした。


 「……5年間か、あっという間だったな」


 5年間だ。日数にすると1826日。そう聞くと一瞬なようにも感じるし、5年と聞くと長くも感じる、そんな期間。楽しかったことはすぐに過ぎ去ると言うが、実際にそんな感じだった。

 駅前のカフェ。彼と付き合い始めて1年目に来たことを思い出す。コーヒーは美味しかったが、ケーキが残念な味だったことを思い出す。ふと、再び入ってみたくなった。彼の面影を追い求めてか、それともかつての私たちの幻影を見たか、私はカフェの扉を開いた。

 内装はあまり変わっていなかった。変わらない机の高さ、変わらないメニュー、変わらない店長の姿がそこにある。


 「なんか、ケーキ美味しくなってるんだけど!!意外だわ〜」


 ケーキの味は変わっていたが、その変化は良い方向だったか。変化はこれくらいで、他には何も変わってなんかいなかった。

 前の席に彼が見えた。彼は、ケーキを美味しいと言いながらスズメのようについばみ、コーヒーを飲んで苦いと顔を歪めるだろう。きっとそうだ。



 駅に電車のつく音がする。

 この街に初めて来た時のことを、彼に初めて会った時のことを思い出す。

 またいつか、ここに来ることがあれば。


 「じゃーね」


 電車の扉が閉まった。

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