第陸話:喋ってはいけない



午後、曇天。カケルは大学の帰りにいつもの喫茶店でノートパソコンを開いていた。


 禁視録の再生数は緩やかに伸び続けている。《裏山奇録》のコメント欄には、既に1000件近くの書き込みがあった。その多くは、白辺山の像について言及している。


 だが――カケルの目が止まったのは、リンクの貼られた一つの短い文だった。


白辺山って、昔こんな噂あったよな。

「声を出すと、見つかる」ってやつ。

 

URLをクリックすると、簡素な掲示板が表示された。古いスレッド。レイアウトは時代遅れで、装飾もなかった。



スレタイ:白辺山の社ってガチでヤバいの?


048:白い名無し ◆xYzFfZ.* 2023/04/21 02:41

なんか昔からある噂だけど、「見たら声が出なくなる」像って白辺山のこと?


049:白い名無し ◆mntKsD* 2023/04/21 02:46

>>048

そうそう。顔のない像ってやつ。俺の親戚が子供の頃、行ったことあるって。


050:白い名無し ◆Hnbf7C* 2023/04/21 02:49

>>048

てかあれ、当時は“喋っちゃいけない”って言われてた。声出すと連れてかれるって。


051:白い名無し ◆mntKsD* 2023/04/21 02:53

今じゃほぼ話題にもならんよな。昔の都市伝説枠。

 


カケルは目を細めた。

「声を出すと、見つかる」「喋っちゃいけない」――どちらも、ケンジの動画と奇妙に繋がる。


 音声を確認し直すと、像が映った瞬間だけ、バックグラウンドノイズの音圧が不自然に落ちていた。

 言いようのない、あの“静寂”。耳鳴りにも近い異常。


 「喋ったら……?」


 思わず呟いたその声が、イヤホン越しの再生中の動画にかすかに重なった。


 ケンジの「あれ……今なんか……いた?」という言葉と、ほぼ同時に。


 カケルはぞくりと背筋を震わせた。


 その夜、動画を切り抜いた“ミラー動画”が匿名のSNSアカウントに投稿されていた。


 《声を出した瞬間、像が動いた気がする》

 というキャプションと共に、数秒だけ切り取られた映像には――たしかに、像の角度が微妙に変わっているようにも見えた。


 それが錯覚か、演出か、あるいは。


 カケルは思った。「この像は、誰に観られている?」


 それとも、“俺たち”が見ているんじゃない――?

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零祀 Naml @kita_

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