第肆話:影のフレーム



朝になっても、カケルは眠れなかった。


 窓の外は静かな住宅街。

 鳥の鳴き声、ゴミ収集車の音、日常が始まる気配――

 だがカケルの中には、“夜の気配”がまだ居座っていた。


 机には、昨夜の観測ログ。

 そして、問題のスクリーンショット。ケンジの動画の、社の奥を切り出したフレーム。

 一見して何も映っていない。森の闇、歪んだ木々、揺れるカメラ。

 だが何度見ても、そこには“誰かが立っていた”気がする。


 カケルは画像編集ソフトを開き、明度とコントラストを調整した。

 黒の濃度が深くなるごとに、輪郭のようなものが浮かび上がってくる。


「……いた」


 ぼんやりと、人型の“なにか”。

 明確な顔も手もない。ただ、そこに“フレームの外から入り込んだ”ような異物。

 ノイズでも、編集ミスでもない。

 これは意図せず撮れてしまった、“存在”だ。


 カケルは、再びログを起動する。


《禁視録_01》

観測対象:0

記録日:2025/6/15

ログ分類:画像/映像分析


状況:動画投稿者「ケンジ」による白辺山調査の記録

異常箇所:社の奥にて一瞬映る人型影

備考:複数の視聴者が“存在”を認識。掲示板/コメント共に確認済。

→推定:観測対象は物理的形態を持たないが、媒介(映像/音)を通じて出現する。


「フレームに映った、というより、入り込んだんだよな……」


 頭の中で、何かが繋がりかけている。


 像と、その背後に立つ影。

 無音のざわめき。動画越しでも伝わる“圧”。

 映してはならないものが、“見られた”ことで存在を強めている。


 カケルはそっと、自分の部屋の隅を見た。


 何もいない。けれど、空間が“押されて”いる気がする。


「記録しなきゃ……もっと、深く」


 そう呟いた自分の声が、妙に反響して聞こえた。

 それは、自分の声のようで、自分ではない“誰か”の耳にも届いているような気がして――


 カケルは背筋を伸ばし、再び動画を巻き戻す。


 この影は、最初からそこにいたのか?

 それとも、観測した瞬間に、生まれたのか?


 モニターの奥、フレームの向こうから、“なにか”がじっとこちらを見ていた。

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