第10話
「たのもー!」
ガンガンガガン、とうるさいくらいにドアベルをかち鳴らす者がいる。
ダンの家に何か用があるらしい。
「うわっ、何ですかいきなり。どちら様ですかー?」
「どちら様とはつれないな。私は将来ダンのお嫁さんになる予定の者だ!」
「あーテルミさんっすね、開いてるから勝手に入っていいっすよ」
最近テルミの暴走は自然現象として諦める方向にシフトしたマニマニ。応じる態度もそっけないものだ。
しかしそんなことをいちいち気にしないのがテルミという女である。いつもと変わらない調子でリビングへ上がり込む。
「失礼する。しかしなんだ、私の来ない間に随分と楽しそうなことをしていたみたいじゃないか」
「楽しそうなこと? ああ……ニナの事務所のメイド喫茶っすか、テルミさんもいればもっと売り上げが見込めたっすね」
それは偽らざる本心だ。業務中にダンへの想いを暴露して大変なことになる可能性も思い浮かんだが、流石にそこまで分別のつかない性格じゃないだろう、と考え直した結果だ。
「どうしてもと言うなら、別に今から参加してもいいが?」
こう見えて自分に自信を持っているテルミだった。
思いの外積極的な反応に少々気まずくなりながらマニマニが返答する。
「いや、ちょっと色々ありまして、先週で閉店したんですよ。結局普通に探偵一本で営業することになりました」
「そうか……せっかく自前で衣装も用意して来たんだが、それは残念だな。またの機会に着るとしよう」
並外れた行動力もすごいが、想定通りにことが運ばずともめげないメンタルこそが彼女の強みだった。
それはともかくとして、おそらくダンを探しにきたことは間違いない。
「そっすね、ちなみに師匠は今日はフランチェスカさんと一緒にニナの手伝いで不在っすよ」
「ああ、それは把握している。あの事務所の辺りは毎日散歩するようにしているからな、2人で事務所に入って行くところを見かけたぞ」
「怖っ」
「……」
「……」
流石にそこまでしているとは思わなかった。ドン引きである。現実に誰かの発言を受けて後ずさるということはほとんどないが、今回ばかりはそうなった。というかソファを立ってその裏に隠れた。
「まあ、何だ、今日はお前に用があって来たんだ」
照れくさそうに言ってのけるテルミ。彼女に空気を読むセンスが絶望的に欠けていることを、マニマニは今日ハッキリ理解した。
警戒しながら、ソファの上に頭をちょこんと出して応じる。
「何すかやけに改まって。あ、師匠の私生活情報を流せってことなら金額次第で対応しますよ?」
「違う、情報は足で集める主義なんだ。今回はその、お前ともっと仲良くなりたいと思ってな」
本日第三の衝撃がマニマニを襲った。何をしたいんだこの人、とは彼女の率直な感想である。
「ど、どうしたんすか急に。フランチェスカさんに胸を弄られて目覚めちゃったんすか? 申し訳ないっすけど私そっちの趣味は……」
「違うわ! 私とダンが結婚したら、お前とも家族みたいなものだろう? なのに今のお前には距離を感じるんだ、もっと心を近づけ合おうじゃないか」
ニコニコしながら聖人のような口調で迫ってくるテルミ。笑顔が逆に恐ろしい。
「いや、あなたはその家族のストーカーな訳ですし……そりゃ警戒もしますよ」
「ストーカーじゃない! 奴の身辺によからぬことがないか見守っているだけだ!!」
「普通はそれをストーカーと呼ぶっすよ。辞書を引いたようなストーカーっす」
ジト目で反論するマニマニ、形勢は彼女に有利だ。
「見解の相違だな。どうだ? 続きは街のカフェででも話さないか。私の奢りだ」
これ以上議論する要素がどこにあるのか、とツッコミかけたが、最後の言葉を聞いて踏みとどまる。マニマニは直近の利益に弱いのだった。
「うっ、そ、その手には乗らないっすよ。物で釣ろうなんて、そんな手に私は屈しないっす!」
緩みかけた表情からも、明らかにもう屈しそうな感じだったが、テルミはダメ押しとばかりに提案を乗せる。
「ふふふ、ではショッピングにも付き合ってやろう。そうだな、服なんかどうだろうか。お前が選んだ服を一式プレゼントしよう」
テルミの気持ち、というより捧げた供物がマニマニの心を開いた。
「悔しいっ、でも、抗えないっす……! 今支度して来るっす!」
「ふ、将を射らんとすればまず馬を射よ。外堀からじゃんじゃん埋めていくぞ」
恋愛物語から得た知見を存分に活かして計略を実行したテルミ。その結末は果たして。
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