第9話
ツアーガイドに叱られた後、阿曇たちはツアーを続けていた。
「あちらに見えますのがホログラム金閣です」
金閣改め鹿苑寺、京都にそびえる金箔が彩る寺院。鎌倉幕府三代将軍である足利 義満が山荘北山殿を造ったことを起原とする塔頭寺院の一つ。
「おい見ろよ、金箔すげぇな、いくらかかったんだろ」
木村が興奮を隠せず、聞いてくる。聞かれた阿曇も金閣の荘厳さに目を奪われている。
ホログラム金閣は本物さながらの光沢を持ち、目に入る者全ての心を掴んでいた。
ツアーガイドが先に進み、彼らもその後に続く。
「こちらに見えますのはホログラム銀閣にございます」
銀閣寺、正式名称を東山慈照寺。八代将軍足利義政により造営された山荘東山殿を起原としている寺。金閣と違い、銀箔は無く、質素な雰囲気を漂わせる。
「こっちは銀箔とか無いのな。名前は似てるのに」
「色々と説はあるらしいけどね。財政難で貼れなかったとか、剥がれたんじゃないかとか」
「そっか、でもこれはこれで趣があっていいな」
木村の言葉に阿曇も頷き賛同する。派手もいいが質素から来る趣もまた味わい深い。
この都市の人気観光地の一つ、ホログラム京都。二人はそこで観光を満喫している。
ホログラム京都は数ある観光地の一つに投影された街であり、事前に予約すれば夜や朝、四季、時代すら変更が可能である。その技術は観光客にどこか春定理や四季証明を感じさせ、連日観光地として大人気。
「あっ、夜になった」
空を見ると明るい昼間から暗い夜へと変わっていて、遠くの山では明かりが見えた。
「あれって大文字焼きか」
大文字焼き、五山送り火とも言い、京都における夏の夜の風物詩である。五つの山で山腹に『大』の字を松明の炎で描く。その光景は息をのむほど圧巻である。
「阿曇、すげぇな。火で文字書いてるよ」
「あれほどの大文字なら故人の霊もあの世に行けるだろうな」
送り火はお盆の時期に霊をあの世に送り出す。阿曇は圧倒されながらそう思った。
「いつか本物を見たいな」
阿曇がぽろりと零す。ホログラムでこれほどのものだから本物を五感で感じ取れたらどれほどかと胸を躍らせる。
「よし、じゃあいつか行くか」
木村が笑顔でそう言う。
「そうだな、いつか行こう」
二人のやりたいことリストが一つ埋まった瞬間だった。いつか本物の京都に行くと。
「やべぇ、また離れそう」
二人は駆け足でツアーの列に追いつく。ガイドの顔は少しばかり怖く感じた。
「列についてきてください。分かりましたか?」
「すいませんでした。もうしません」
怒りを極限まで隠したバスガイドに、二人はただ縮こまるしか無かった。
「では気を取り直して次の観光名所に行きましょう」
ガイドが皆を連れて次へと向かう。
「阿曇、気をつけていこうぜ。あのガイドさん、怖い」
木村の言葉にそうだなと阿曇は頷く。
そうして彼らは鎌倉時代と現代を映したホログラム京都を立ち去った。
「次の観光地に行くにあたり、こちらの部屋に入っていただきます」
ホログラム京都から次へ向かう中、ガイドが示す先には金属のような光沢を放つ小さな部屋があった。
「お荷物はそのままでも構いません」
ガイドが先に部屋へと入る。それに続けて一人、二人と入っていく。ツアーメンバー全員が入るのに大した時間はかからなかった。
「外に比べて中、なんか広くないか?」
外から見える部屋の大きさと内部の広さが違って見えた。そんな木村の疑問にガイドが答える。
「はい。その通りです。この都市には疑似定理証明装置がありまして、その装置で 空間定理に干渉し、一部空間の広さを変えています。この部屋の場合ですと部屋の内部空間の広さのみ、拡大しているのです」
部屋に対して機能している空間定理、これに別の空間定理を重ねる。そうすることで内部空間を広くした。といっても所詮は重ね塗りなので元ある定理の影響が完全に無いわけではない。
「では行きましょうか。酔うかもしれませんのでお気をつけて」
ガイドの一言と共に、周囲の変化が伝わってくる。言い表すのが難しいが、気配や空気の流れなどの微細なものが違うものに変わったようだった。
何故そうなったのか、その答えはすぐに分かった。
「着きました。どうぞ外へ」
促されるままに外へ出る。肌に当たる空気、そこを伝わる温度、人の声、空気の流れ、どれもが先ほどの都市とは違う。聞こえる言葉は言語すら違う様だ。
「こちらはルーヴル美術館になります」
目の前に光景に一同は驚愕する。日本にいたはずが気づけばフランスのルーヴルだ、彼らは空間を越えてフランスに来た。
「ルーヴルっていえば、モナリザの」
「ええ、そのルーヴルです」
どうやらルーヴル美術館には都市から直接観光に来ることが出来る空間転移部屋があるらしい。見渡せば日本のみならず、アメリカやインド、月と書かれた部屋もある。
「アンドロメダ?星座の方か?」
木村が遠くの部屋に視線を向け、呟く。視線の先にはアンドロメダと書かれた部屋があった。
星座なら分かるがアンドロメダ銀河だったならば遠すぎる。
「あれはアンドロメダ銀河からです。結構天の川銀河外でも人気なんですよ」
ガイドの言葉に嘘は無い。阿曇は流石に遠すぎるだろと苦笑いを浮かべる。銀河から来る奴は暇なのかとも思ったが、人気があるが故だろう。それほどまでに人気なのはモナ・リザがあるからだ。
「改めて地球って凄いんだな」
地球が凄いというよりレオナルド・ダ・ヴィンチが天才であったという方が正しい気がする、と阿曇は思ったがそっと胸にしまった。
「では参りましょうか」
彼らは美術館の中に巡っていく。各国から観光客は来ており、皆芸術の持つ魅力に圧倒されていた。
人気処に人は集まると言うがまさにその通りで、民衆を導く女神やサモトラケの ニケ、ミロのヴィーナスが鎮座するこの美術館においてこれらを凌ぐ人だかりが一つあった。
「これがモナ・リザ、万能の天才の作品か…」
阿曇は息を呑む。人の多さもあったが何より他の作品とは別格の魅力があった。
「こちらがかのレオナルド・ダ・ヴィンチ作のモナ・リザになります」
左目を中央に添えたその絵は世界に名を轟かせるのも納得出来る美しさがある。 どこか煙のような、ぼんやりとした雰囲気があり、色彩により遠近感が生み出されている。
(この人はどこを眺めているのだろう…)
絵の女性はどこを見て笑みを浮かべているのか、阿曇は気になった。絵を見ていると目が合ったような気持ちになり、絵ではなく人を見ているような気がしてくる。
「おい、阿曇、行くぞ」
木村の呼ぶ声にふと我に返る。ツアー列は遠くに見えた。どうやら見入りすぎたようだった。
「分かった。今行く」
ツアー一行はルーヴルから日本へ帰った。
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