君が記憶を無くすまでの五日間

@lion_1010

一日目

六月の、夕焼け。


 教室のカーテンが風に揺れて、オレンジ色の光が窓辺を染めていた。




「……あと、五日で全部忘れちゃうんだって」




 そう言ったのは、西園寺 遥だった。


 クラスの人気者で、笑顔がうまくて、誰にでも優しい。そんな彼女が、ぽつりと独り言みたいに言った。




「え?」




 思わず、俺は聞き返していた。




「記憶の話。もうすぐ全部、なくなるんだって。名前も、家族も、友達も……」




 彼女は笑っていた。


 でも、それはいつもの明るさじゃなくて、どこか諦めたみたいな、乾いた笑いだった。




「……冗談だろ?流石に笑えないぞ」




「うん。笑えないよね。でも、ほんとなんだ。私、たぶん今週が“最後の週”」




「最後って……そんな急に……」




「ね? 変な話でしょ。でも、そういうのって案外前触れもなく来るんだって」




 そう言って、彼女は俺の顔をじっと見た。




「だからお願い。瑞樹くん。――手伝ってほしいの」




「……俺に?」




「うん。君と、たくさんの思い出がある気がする。昔の、幼なじみの頃から……。でも、今の私は、ちゃんと思い出せなくなってきてる」




 遥の目が、少し潤んでいた。


 その目が、やけに真剣で――俺は、何も言い返せなかった。




「あと五日間、私のこと、思い出させてくれない? 好きだったものとか、場所とか……」




「……わかった」




 気づいたら、俺は頷いていた。




「俺も、たぶん……ずっと伝えたかったことがあるんだ。だから、全部言うよ。――忘れる前に」




 遥がふっと、目を丸くした。




 そして――




「じゃあ、明日からよろしくね。瑞樹くん」




 そう言って、今度はちゃんと笑った。




 それが、記憶の終わりへと向かう“最後の五日間”の始まりだった。

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