青薫藍風
氷野 陽馬
青薫藍風
—とある、三月の早朝のことだった。
静かな部屋にアラームが数度鳴った。
曖昧な意識の中、近くにあった時計の時刻が五時五十五分を少し過ぎたことをみとる。
布団の中で大きく伸びをする。
ゆっくりと、雪が春に解けていくように、少しずつ、着実に。
明確な意識が、自分を誇るかのようにまっすぐに立っている時計の両針を捉える。
まだ重みをもつ布団を取り払い、のそりと身を起こす。
「うーん…寒…」
声ともつかない声が自然と出てくる。まだ疲れているのだろう。
ベッドから降り、部屋の明かりを灯す。
鮮烈な光を避けるために腕で目を覆う。
机の上に置いていたぬるい飲みかけのコーヒーを片手に、スマホから簡潔にニュースを飲み込む。
「…ぷは。」
ややオーバーサイズの寝間着を着崩したまま、空のカップを片手に部屋から外に出る。
下からの母親の少々せわしない足音が、階段を下りるにつれて徐々に大きくなる。
降りきったところで、私の目にいつも通りの朝の光景が映った。
「お」
既に席について朝ご飯を食べていた父が目線で挨拶をしてきた。
「ん」
私も首を少し前に傾けるようにして、目線で挨拶を返す。
朝の一階の床に裸足は堪えるな、と思いつつ、キッチンの流しにカップを置き、水を張る。
洗濯物を干し終えた母がダイニングに来て、私に言葉を掛ける。
「今日、何か予定はあるの?のんびり過ごしててもいいけど、だらけすぎはよくないわよ。」
「まあ、少し。外に用があるから。」
「シャワー、空いてるから早めに行ってきなさい。」
「ん。」
キッチンから少し離れて洗面所へ向かい、念入りに洗顔する。
着替え用に昨日準備しておいた服を置いて、シャワーを軽く浴びる。今日のことを想像して、先が思いやられるなぁ、と漏らす。
体をしっかりと拭いてから、服を纏ってドライヤーと櫛、トリートメントを携えてもう一度鏡と向き合う。
JKらしく前髪は大事にしなよ、と言われた記憶が蘇る。
名前はもう覚えてないけど、そいつがプレゼントという名目で買いすぎたコスメを押し付けてきたことは今でも鮮明に思い出せる。
髪を乾かし終え、再びダイニングに戻って母が準備しておいてくれた食事に手を付ける。
「今日は飲み会で遅くなる。」
そう言ってごちそうさま、と手を合わせると、父は食器を流しに置きに行った。
「じゃあ結華と二人で食べるわね。」
鞄を携えて出かける父と入れ替わるように、母が食パンを持ってくる。
食器の音がしばらく続いた後、程なくして私も食べ終え、食器を流しに置いた。
「一時までには帰って来ようと思う。」
母はうん、と頷いてパンを食べ続ける。
手を洗い終えた私は、歯磨きをしに三度洗面台に向かう。
シャコシャコと歯を擦る音を無心で聞く。
「…ふぅ」
口を洗った私は、準備のために一度二階へ上がる。
うちのでは必要なことしか話さない。私と父はほぼ無口で、過度に人とかかわることを避けたがるし、ありがたいことに母もそれを分かってくれている。
掛け時計を見ると、もうすぐ七時半になろうかということに気が付き、少し準備の手が早まる。
身支度を一通り終えると、持っていくものを確認して、一抹の不安と共に家を出た。
自宅から駅までの徒歩の約十五分間を、お気に入りの曲を聴きながら歩いていく。
朝の冷たい風が頬を撫でる。
朝の街は、静寂そのものと言っていいほど閑散としている。
あ、ここ、好きなフレーズの。
自然と足取りが軽やかになる。
これまでと変わらない道だけど、高校にはもう行くことはない。
私が向かうのは、思い出深い場所。
長年の疑問を、回収しに行くのだ。
——中学生の頃、彼はよくわからない人だった。
私は彼の本当の心をついぞ知ることができなかった。
母親の影響で人並みに音楽に興味があった私は、中学校に入った時に、自然と吹奏楽の道に足を踏み入れた。初めて触れる部活という経験に、当時私はかつてないほど多大な期待を持っていたことを覚えている。
私が彼と出会った、いや、彼を認識したのは、入部直後の、新入生全員で一人ずつ自己紹介をしたときのことだった。
「あー、どうも。鍵塚夜一と言います。趣味は—、そうだな、読書って言っておこうかな。無駄を嫌いますが無駄に価値がないというつもりはないって信条で生きてます。よろしく。」
この紹介は、聴衆を唖然とさせるには、部員の注目の的になるには、そして私の目を引くのには十分だった。
私は、何の偶然か、二人で彼と同じ楽器を担当することになった。初めは多少の懸念はあったものの、蓋を開けてみると驚くほどすんなりと打ち解けることが出来た。
それから私と彼が、頻繁に話をするようになるまでそう時間はかからなかった。部活の前や、練習の合間、終わった後の帰り道でも、よく別な用事がない限りは、共に過ごすことが多かった。
私は、単純な好奇心から、彼に質問を雪崩のように浴びせかけた。
「両親も、僕も一般人だよ。ちょっと変って自覚はあるけど。」
「そういわれるのも仕方ないね、ごめん。」
「所謂ミステリー小説。楽しいよ。」
「分からないんだ、事件のトリックが。」
「知恵比べ?に入るのかな。作者と対話してるみたいでさ、それがやめらんなくて。」
「おすすめ?そうだな、まずは〈モルグ街〉とかどうかな。ホラー小説よりだから万人受けしないかもしれないけど。」
はは、と笑って答えを返す彼の表情は、どこか嬉しそうだった。
彼の言葉を額面のまま受け取った私は、その日の帰りに普段は行かない本屋に立ち寄った。
お目当ての本は推理小説コーナーの中で、ソレを探し始めて下を向いた私は、表紙の向こう側からこちらを見つめる一つの黒い影と目が合った。
「うっわ……。なにこれ」
正直に言って不気味さを隠しきれなかったが、三分ほど悩んだ末に、興味が勝って買うことにした。家に帰ると、新しめのノートを余所に、真っ先にソレを読みふけった。
本の内容は、今でも大筋は覚えている。
確か、不思議な殺人事件を、名探偵が解決していく過程を相棒が書き留めたものという体だったと記憶している。不可解な密室事件の犯人が、実は動物であるという真相を、現場の証拠と証言から論理的に導き出し、見事に解決に導いた、というストーリーだった。正直あまり面白さが分からないなぁ、と思ったが、そんなものか、と何とも言えない気持ちになった。
彼は誰に対しても平等に接していた。楽器でも勉強でも、人間関係においてさえも、いつでも余裕を持っていて、几帳面で、それでいて謙虚で。理想的な人間というのは彼のような人を指していうのだろう。
気が付け、桜は散り、私たちの最初の夏がやってきた。私達が話す頻度はさらに増えたが、彼への印象は四月から変わることはなく、私の中で「いつも通りの日々」が定着するようになっていった。中学生になって初めての夏休みということで、私達は休みを謳歌する——暇もなく、私達は当然のように部活に駆り出されることになった。
八月初頭にあるコンクールに備え、吹奏楽部では夏休み前半は毎年その多くが練習に充てられた。私の学校はまともな本番といえる舞台が夏のコンクールしかなく、その上人数も各学年で20人程度と少なかった。一年生は、練習に励む先輩のサポートに回ることが多い中、彼は数か月前まで何も知らなかったにもかかわらず、その実力を見出され、一年生が出る数枠の中に入った。
とはいえ元々強豪と言えるほど私達の学校は強くもなかったため、コンクール自体はパッとしない結果に終わった。
「すごいねー。」
本番後の反省会で、私が話を切り出したときのこと。
「もうちょっと上手くやれたなぁ。最後の所は特に。」
「…でも、すごく良かったよ?」
「…はぁ、……」
周囲の雑音にかき消されて、私はそれに続く一言を聞き逃してしまった。
「…なんて?」
「なんでもない、独り言。」
「ふーん。」
その後すぐに、彼が先輩に呼ばれて、深く掘り下げることはできなかった。
何事もなく秋は過ぎ、冬がやってきた。
紅葉の色が嘘に思えるほど、枯れ木の隙間から見える青は冷たかった。
そうしているうちに、彼への違和感は変わらないまま、私は二年生になった。私は彼と同じクラスになり、部活以外でも関わる機会が急に増えた。
部に後輩が入ってきても、彼は何も変わらなかった。むしろ、以前に増して他人への気遣いが上手になっていたのではないかと思われるほどだった。クラスでの彼を見ても、まさに優等生という言葉がふさわしい人はいないように思えた。
二年目の、私にとって初めてのコンクールがやってきた。
ベストを尽くしたと言えるほど練習に励んだが、私達は、去年と変わらない結果となった。
一年越しの反省会でのこと。
「疲れた~。どうだった?」
「うん。個人的には満足したけど全体的にはもっと改善点が多いかな。審査員が聞く音が良くないと、って感じた。」
「ま、眩しい……」
「とはいえ、ほんとに出来るかどうかは分からないけどね。」
その場はそれ以上話すことはなく、私達は元の生活に戻っていった。
二年生が終わるころには、彼と私は互いに下の名前で呼ぶようになり、挨拶も、大体目線を合わせれば気が付くようになっていた。
最高学年となっても、彼は変わることはなかった。一時期は先生に部長に指名されるんじゃないか、と部員たちが噂しており、実際任命されたのだが、彼は意外にも辞退していた。
三年生のコンクールでも、三度目の正直とはいかず、本番が終わると同時に受験を前にした私達は早めの部活の引退ということで離れ離れになろうとしていた。
最後の部活の日の帰り道、彼が私を誘って言った。
「週末、二人で夏祭り行く?ちょっと遠くなるけど。」
「お、いいね。ばっちこいよ。」
「おっけ。じゃあ十時に例の場所で。」
そう言うと彼は笑みを浮かべ、じゃあ、と付け加えて別れた。
祭りの日。
祭りと言えばだよね、と思い借り物の浴衣を着た私は、慣れない場所で少し迷っていた。ちょうど時間通りに来ていた彼は、迷っていた私を人込みの中から見つけ出し、はぐれると危ないから気をつけなよ、と言って私の手を握った。
その後は屋台でたこ焼きを食べたり、射的を楽しんだりして、最後には花火を見て二人で帰路に就いた。
三年生では別クラスだったため、祭りを最後に半年間は会うことはほとんどなかったが、一人でいる時も、勉強をしている時でも、二年半過ごしてきた彼を忘れることはなかった。
そして三度目の春を迎える前に、彼と私は当然のように別々の高校に進学することになった。
結局、私は頭の隅に残っていた彼の違和感の正体がつかめないまま、卒業を目前に控えることになったのだ。
最後の一週間の中身のないと誰もが分かり切った授業を、窓に映る自分を見ながら受けていた時のこと。ふと別のクラスの女子がうちのクラスの男子に告白されていた、という噂を思い出した。最後に玉砕してきたわー、と涙目で見栄を張って語る男子が少しだけ印象に残っていた。一瞬彼の顔がよぎったが、まてまて、と考えを落ち着かせてすぐに脳内の奥に押し込めた。それでも、いい機会だし、確かな証拠なんてないけれど。彼に会って違和感の正体でも突き止めてやろう、と思い立った。私は窓に映った自分の口角が少し上がるのを感じた。
その晩、私はどうにかして彼と会う機会を作ろうと考えて、ゆっくりと眠りに落ちた。
中学校卒業の日。
式が終わるときに目線でオーラを向けていたら、案の定彼は周囲からの誘いや写真撮影を軽く収めた後、私の方へ来てくれた。結局この方法が一番確実だなと思えたことに、少し呆れつつも嬉しく感じていた。
強引に彼を連れて行き、私達二人は駅近くの公園で、卒業証書を入れる例の筒を片手にベンチに座っていた。
「とりあえず、卒おめ。」
早いもんだな、はは、と笑って、彼は腰掛けに身を任せて空を見つめる。
「夜一も。あっという間だったね。」
私も、腰掛けに身を委ねて空を見つめる。
その状態で、彼が口を開く。
「それで、話って?」
ふう、と息を吐き、呼吸を整える。
「そう、それなんだけどさ。」
私はベンチから立ち上がって後ろ側に回り込み、空と彼の間にずいっと割って入る。
「もうすぐ何の日か、知ってる?」
やれやれ、という様に、彼はふぅとため息をつく。
「君がこんなに嬉しそうに言うってことは、誕生日だね。」
確かに今週末は私の誕生日だ。でも、今日、本当はそれを言いに呼んだわけじゃない。
「まあ、そういう建前で来てもらったよ。でも、今日は、貴方の本心を聞かせてもいに来たわ」
ふふん、と私は勝ち誇った様子で彼の目を見据える。
「本心も何も、僕はいつだって本気だよ。」
「嘘よ。」
「根拠は?」
「勘。」
「……。」
しばらくの静寂の後、彼は突然笑い始めた。
「ふふふ……あはははっ。……勘って……っふふ……」
しばらくして彼の笑いが止むと、両手で私の頬を挟んで彼は続けた。
「……じゃあゲームをしよう。三年後の朝、君がまだこのことを覚えていたら、もう一度ここで集まる。僕は当然くるけど、君が来なければ本心はわからず仕舞い。どう?」
「~~~‼」
耐えきれなくなった私は彼から離れる。
「□△☆※!?」
「はは、おもしろ。君といるとほんっと楽しいよ。いつまで経っても飽きない。」
「な、なんで先延ばしにするの⁉」
今思うと、目に見えて私は動揺していただろうし、それを分かった上で彼はあの言動をしたように思う。
「まだ早いから、かな。」
「な、納得できない。」
「今の君が僕の話を聞いてもあんまり意味がないから。」
「根拠は?」
「勘。」
「……。」
数秒の沈黙が流れた。
あはは、と先に笑い出したのは私だった。
「上手いねー。流石。」
先ほどまでどこかで緊張していた空気がほぐれ、一気にいつもの部室で過ごした二年半が蘇ってきたように感じた。
「まあ、三年間で何か変わるかもしれないから。一旦お別れかな。」
寂しい気もするけどこれはこれでアリかも、と言って彼は笑った。
じゃ、また彼らの所に行ってくる、と足早に去っていく背中を、私はただ見ていることしか出来なかった。
一人公園に残された私は、十時十分を告げる学校のチャイムを背景に、変わらぬ霧を心の中に抱えたまま、彼とは一旦分かれることになった。
帰宅後、潰れた学校指定の鞄を側に、立ち尽くしていた。
「連絡先、聞いておけばよかった……。折角隠れてスマホ持って行ったのに。」
後悔の最中、私は彼の言ったことの意味を考えながら、三年後の再会を固く決意した。
——時は現在。
誰もいない公園を、朝の太陽と風が貫く。
駅から遠目で毎日のように見ていた景色を見渡す。
まだ葉のない木々は、はっきりと冬の跡を残している。
ブランコの柵の隣にそびえ立つ時計は、七時五十五分を指していた。
この場所は電車の騒音のために子供が近寄ることは少なく、遊ぶ大人も皆無であるからか、遊具は少々の劣化が見られるだけだった。
懐かしいベンチを見つけた私は、当時を思い出すように其れにゆっくりと座った。
今日こそは、という思いを胸に、はやる心を落ち着かせる。
『三年後の朝』。
彼には珍しく曖昧な時間指定だった。今思うと、あの発言は彼なりの動揺の現れだったんじゃないかと思えてくる。念のため午前中は早くからずっといられるようにと、本と上着を持ってきているが、正直彼には遅くとも九時前までには来てくれたら有難い、そう思いつつ。鞄から本を取り出し、栞をとって手元に広げる。
——その時は突然やってきた。
「本当に来るとは。」
聞き覚えのある声が、後ろから私の耳を突く。
私が振り向くと、そこにはラフな服で身を包んだ彼が立っていた。
昔よりも一回り伸びた背と、昔よりも落ち着いた雰囲気を携えて、肩からバッグを下げた一人の男が私を見下ろしている。
「そんな信用なかったかな、私。」
私も手元の本を閉じてそれに答える。
彼はベンチに回ってきて、私のすぐ隣に座る。
「……感動の再会ってやつ?」
「そうかも。」
「すぐ話すのもあれだし、近況とかどう?」
「ん。」
そこから私達は、昨日の話の続きをするかのように、お互いの三年間を語り合った。
私は高校でも平凡だった。高校では吹奏楽も自然とやる気を無くし、一人で淡々と一日が過ぎるのを待つ毎日だった。それでも、たわいもない毎日が何事もなかったかというと、それも違った。彼に会ったとき何を話そうか、ずっと考えていたから。今日までの三年間は、少なくとも無駄なものではなかったということだけは確信できる。
相槌を打つ彼を見て、昔の日々が懐かしく思える。
次いで彼が過ごしてきた三年間の話を聞いた。高校でもうまくやっていたようで、何やら某国立大学に進学することになったらしい。文化祭とかも大盛況だったなぁ、と雑多なことを語ってくれた。
一段落したのを見計らって、私が問いを投げようとする。
「そろそろ—」
「そろそろ本題に入りたい、かな。約束は約束だからね。」
彼が腹部で腕を組み、上を見て大きく息を吐く。
「うん。」
三年間、ずっとこのことを考えていたから、彼の口から何が飛び出しても受け入れられるつもりでいた、のだが。
ふー、と彼がもう一度息を吐く。
「……今更言うのも恥ずかしいんだけど。来てくれたからにはいい加減話さなきゃ、と思って。」
やけに改まるなぁ、と思いながら続きを待つ。
「どうやら僕は君のことが好きみたいなんだ。」
「…ん?」
「いろいろそれとなく察してくれるかなと思ってたんだけどね。」
「もし受け入れてくれたら、結婚前提で考えてるから。」
「……え??」
「だから、三年後にしたってこと。」
頭の中に疑問符が思い浮かぶ。
「………突飛すぎるよ。」
「君が鈍感すぎるのが悪いよ。こっちは死ぬほど恥ずかしかったのに。」
「それは…、でも、なんで?」
「まぁ…、僕も不思議に思ってる。気づいたら、って感じ。あの日のことは、君があまりにも鈍感で、それでも勘で突いてくるから、君と自分を試そうと思ったってこと。僕が三年後も好きかどうか。君は忘れていないかどうか。で、どちらもクリアしたのがこの状況。僕がだれにでも好かれるように行動するようになったのも多分、君のせい。返答はゆっくりでいいよ。三年前と違って連絡先はもう交換できるからね。」
そう言うと、彼は手持ちのスマホをひらひらと揺らしてみせる。
でも、私も気づいた。思い返せば、少なからず彼を想う気持ちはあることに。
重苦しい空気の中、空気よりすこし重い口を開け、彼のまっすぐな目を見て、私が答える。
「あの…、その…、よろしく。」
数秒の沈黙の後、途端に彼が膝から崩れ落ちる。
「…っはー良かった。昔の僕、本当に詰めが甘すぎるよ。」
「……改めてよろしくね。」
「こちらこそ。まだ実感は湧かないけど。」
そうして差し出された手を握り返す。
「…とは言ったけど、これからどうする?」
「どうしよっか。」
「……不安すぎて成功した時の事なにも考えてなかったよ。」
あはは、らしくないな。
「とりあえず、ライン交換して、久しぶりに一緒にご飯行こうか。新しい店、知ってるんだ。」
私は彼の手を引いていく。
春先の温かい風が吹き抜ける。
其処には、桜の息吹があった。
青薫藍風 氷野 陽馬 @JckdeIke1122
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