父の本
雨笠 心音
父の本
今日、古本屋でこんな事があった。
「申し訳ありませんが、こちらの本は値段がつきません。こちらで廃棄することもできますが、いかがいたしましょう?」
「これだけ持って帰ります」
反射的に手に取ったのは、父から貰った本だった。捨てるつもりだったのに、なぜだろう。
昼にジャンクなハンバーガーを食べている間も、何となく買った古本を帰り道に読んでいる間も、理由は分からなかった。
先日、母と父が離婚した。熟年離婚というやつだ。元々、二人は別居していたし、僕自身は一人暮らしを始めていたから、生活に大きな変化は無かった。変化といえば、度々送られてきていた父からのラインが来なくなったことくらいか。気まぐれな父のことだから、案外、『来週会えますか?』と送ってくるかもしれないし、もうこないのかもしれない。どちらでも大差なかった。
家に帰り、諸々の家事を済ませた後、あの本を取り出してみた。そのままゴミ箱に入れようとしたとき、僅かに手がこわばった。恐らく、父との繋がりがそうさせた。捨てないで、と本が父を、あるいは僕自身を代弁していた。
あぁ、怖いな。このまま他人になるのが、怖い。
漏れ出た独り言を聞きながら、僕は、捨てなくてはならない、と確信しようとしていた。母は進んだのだ。僕も進まなくてはならない、と。そしてこの引導は、古本屋でも、次の持ち主でもなく、僕が渡さくてはならない。
僕は本を開き、初めの1行だけ読み、捨てた。
よかった。明日は燃えるごみだ。
父の本 雨笠 心音 @tyoudoiioyu
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