二の道 小鬼の次は豚鬼

「ズズッ…………。うん、問題は無さそうだな。あくまで今の所は…………だがな」



 俺は片手でひと掬いした川の水を少しだけ口に含み、味に異常が無いかを確認しつつ飲んでみた。


 やたらとキレイな川ではあるが、その水が飲めるかは別問題だ。キレイには見えるが、本音を言えばせめて沸かすくらいはしたかった。


 まぁ、俺は既に死んでいる身だから、生水で腹を壊す事も無いのかも知れないが。


 だが、どちらにしても鍋も火も持っていない以上は、そのまま飲むしかない。水を沸かす事すら出来ないとは情けないが、無い物は無いのだ。



「しかし、うまい水ではあるな」



 俺は近くに生えていた、大きくて丸に近い形をした葉っぱを引き抜き、それで簡単な柄杓を作って水を汲んで飲んだ。


 後は様子見だな。万が一腹を壊したら、その時はその時だ。


 水場から離れないように川の淵を歩く。川の淵には石が多く、時折ひらべったいヤツを見つけては拾い集め、よさげな場所を見つけては水切りをしたりしながら川にそって下っていく。


 そうやって歩き続け、地獄にも関わらず空腹を覚えた頃、俺は何とも不思議な場所に出た。



「……………………何だこりゃ? 壁……か?」



 そこにあるのは壁。だが普通の壁とは違う、不思議な壁だ。なんせ透明で、川の流れる先に大きく広がっているのだ。


 見た目としてはシャボン玉のようで、透明で虹色に光を反射する膜みたいに見える。だがこれは、見た目に反して強固だ。何度か殴ったり蹴ったりしてみたが、ビクともしない。


 しかし、この壁の向こうにも景色は広がっているし、川の水も壁を抜けている。水なんかは素通り出来て、俺だけ駄目か。地獄ってのはつくづく不可思議な場所だ。


 何とも良く解らねぇが、ここが地獄だという事を考慮すれば一応の納得はできる。と言うか、どちらにせよ通れないのだから納得するしかない。


 しかしどうするか。川沿いに歩いていれば、水の心配をする事なく人が居そうな場所に出ると期待していたんだが…………。



『ブゴオォォッ!!』


「「うわあぁぁっ!?」」


「きゃあぁぁっ!?」


「…………ん? 何だ?」



 俺が悩んでいると、川原の側にある少し崖のようになっている場所から、この川原へと飛び降りて来た者達がいた。


 その内の逃げてる三人は人間で、追っている一人の方は…………豚だった。


 二足歩行で腰にボロ布をつけ、手にはボロボロの斧を持った大柄な化け豚である。…………豚鬼か? そんなもんがいたとは知らなかったが、この地獄にいるんだ。実際にいるもんは否定しようがない。


 それはいいが、問題は他の三人だ。一人は薄い桃色のローブみたいな物を着た少女で、手には短い杖を持っている。あれだ、毎年テレビで見る魔法少女って小さい女の子が憧れるのが持ってるヤツに似ている。


 そして他の二人の少年は革製の鎧を着ており、その手にはそれぞれ剣と槍を持ち、豚鬼を牽制している。


 何だ? 俺の知っている地獄と違うとは思っていたが、地獄にも生存競争があるのか? 地獄ってのは、この世でやらかした事の罰を受けるような、一方的な拷問をされる場所だと思っていたが、実際には違うのかも知れねぇ。


 ………………まぁいい。とにかくだ。あの三人なら話が通じそうだ。見た目が日本人じゃないから、言葉が通じるか不安になるが、いざとなれば身振り手振りで何とかなるだろ。


 しかしそうなると、あの豚鬼が邪魔だな。


 剣と槍で牽制しながら後退りをする三人を、豚鬼がニヤニヤと笑いながら追い詰めていく。


 俺は足元にある中から適当な大きさの石を掴み取ると、大きく振りかぶって豚鬼の頭めがけて投げつけた!


 若い体ってのは、自分の思った通りに動きやがる。投げた石は勢いをつけて豚鬼の側頭部に命中し、大きく鈍い音を立てて砕けた。



『ブギィィッ!?』


「おおっ、若返ったからか調子が良いな。オラッ! 俺が相手してやる! こっち来い!!」



 突然の事に呆気に取られる三人から目を放し、豚鬼は俺の方を睨みつけた。側頭部からは血も出ているし、かなり痛かったのだろう。



『ブオオォォッ!!』



 豚鬼が俺を睨みつけ、手に持ったボロボロの斧を振り上げてドスドスと走って来る。やたらと遅い豚鬼が近くに来るのを待ちながら、俺は豚鬼を観察する。


 大きさは二メートル強って所か。体もデカイし腕も太いから、破壊力もあるだろう。あの腹には、拳を叩き込んでも大して効きそうにないな。となると、狙うは関節だな。


 そんな事を考えていると、ついに目の前まで迫った豚鬼が、振り上げた斧を力いっぱい振り下ろしてきた。


 俺はそれを豚鬼の外側に回って躱すと、石だらけの川原に叩きつけられたボロボロの斧が更に割れた。その雑な扱いを見ながら、俺は斧を振り下ろして伸びきった豚鬼の肘に蹴りを叩き込んだ!



「オラァッ!!」


『ブギィッ!?』


「…………やっぱり脆いな。何なんだコイツらは? おい、本当にテメェ地獄の鬼か?」



 俺の一撃で豚鬼の右腕は折れ曲がり、後退りする豚鬼の目に恐怖が浮かんだ。


 豚鬼を逃がしてやる気もない俺は、豚鬼が落としたボロボロの斧を拾って駆け寄り、今度はその斧を叩き込んで豚鬼の膝を破壊する。同時に斧も砕けたが、別に気にしない。どうせもうあの腕では使えまい。


 そして、足を破壊された事で倒れてきた豚鬼の頭に左手を回して奥の耳を掴むと、右手の掌底を豚鬼の顎に叩き込みながら左手を引き、その首を回し折った。



『ブギェラッ!!??』



 顔が完全に背後を向き、絶命して倒れる豚鬼から距離を取って様子をみる。すると、死んだ豚鬼の姿は風景に溶けるように薄れていった。


 あの小鬼の時と同じだな。その時はそう思ったのだが、豚鬼が消えた後には、小鬼よりも少し大きな黒い石と、何故だか知らないが結構な大きさの精肉が落ちていた。


 …………まったくもって意味が解らん。





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