#35 姫宮悠希。戦場を駆るアイドル

 黒背景に白い明朝体のテロップ。

 ——あなたは、宇都宮のローカルアイドルを知っていますか?


 朝の商店街、駅前のバスターミナル。

 マイクを向けられた老若男女が、少し照れたように答える。


「聞いたことはあるよ、駅前でイベントやってた」

「若い子がいっぱい踊ってるやつ?」

「SNSで流れてくるよね。見たことある!」


 映像がテンポよく切り替わり、明るいBGMが重なる。

 その後、画面が静かに暗転。


 ——あなたは、姫宮悠希を知っていますか?


 反応が一変する。笑顔、拍手、親指を立てる仕草。


「知ってる!“姫”でしょ!」

「ガーランドの子、かわいい!」

「うちの娘が大ファンでね」


 名前を出した瞬間、空気が柔らかくなる。

 街の誰もが口を揃える。

 今、宇都宮でいちばん輝いているローカルアイドル—— 姫宮悠希。


 “戦闘系アイドル、姫宮悠希の流儀”

 

 落ち着いた声のナレーションが入る。


【姫宮悠希は、アイドルである。宇都宮市に拠を構える事務所オフィス・ガーランド所属。アイドルであり、そして“戦士”でもある】



 白み始めた街を、黒いジャージ姿の少女が駆ける。

 髪をひとつに束ね、イヤホンから流れるリズムに合わせて足を運ぶ。


【彼女の一日は、いつも走ることから始まる】


 トップアイドルである彼女の朝は、午前5時30分。

 まだ眠る街をジョギングしながら、今日の自分と向き合う時間だ。


 ジョギングする姫を背景に、テロップが差し込まれる。


『姫にとって、アイドルとはなんですか?』


 息を整えながら、姫が答える。

 

「……私の遺伝子に刻まれているもの、ですかね」


【姫の母親もまた、かつてはローカルアイドルとして活動していた】


「写真でしか見たことはありませんけど…… すごくキラキラしてました」


 姫は照れ笑いを浮かべながら公園に到着する。

 遊具を使っての筋トレ。

 腹筋、腕立て、ストレッチ。

 その姿に「アイドル=可愛いだけじゃない」現実が宿る。


 


 黒背景に白い明朝体の文字が浮かぶ。

 ——バトルフロント・トライアル。通称“トルトラ”。


 静かな女性の声が語る。

 フルダイブ型FPSゲーム“Guns Survive Everyday”を使った特設舞台で、ローカルアイドルたちが“仕事の優先順位”を賭けて戦う、新たな時代の闘技場——。


 ——あなたは、バトルフロント・トライアル。通称“トルトラ”を知っていますか?


 画面が切り替わる。

 朝の宇都宮。アーケード商店街。通勤客の流れの中で、マイクを向けられた主婦が首を傾げる。


「トルトラ……? なんだっけ、それ」


 続いて、大学前。学生たちが笑いながらスマホを覗き込む。


「アイドルが戦うやつ? 本当にやってんの?」

「見たことある。なんかすごかったよ。弾撃ってた」


 落ち着いた声が、その事実をより重いものとする。

【——姫宮悠希。誰もが知る“姫”の名前は、街に広がっている。

 だが、その姫が躍動する戦場である“トルトラ”の存在を知る者は、まだまだ少ない】


 VRヘッドセットを装着する少女たちは、大きなチェアに身を委ねるようにしている。

 映像が変わると、彼女たちの戦場が目の前に広がる。

 

【——彼女たちはただのアイドルではない。——踊り、歌い、そして、戦うアイドルなのだ】


 

 錆びたコンテナ。崩れた鉄骨。濃淡の影が交錯する仮想戦場。

 その中央で、白い息のようなスモークが立ちのぼる。


 画面に現れる文字。

 “Guns Survive Everyday 模擬戦。オフィス・ガーランド”


 画面の中央に現れたのは、鋭い視線を放つ女性。

 指揮を執るのは、事務所のマネージャー・王高陽菜子(おうたか ひなこ)

 彼女は冷静な声で指示を飛ばす。


「——右から二、正面一。詰める。姫は右、正面はCloudy⚭Cloudyで対応!」


「女王様、なんで私ら二人で一人を相手にして、姫さんは一人で二人が相手なんだい?」

「そうですね。指示をミスったとしか思えません」

 

 言葉と同時に戦場が動く。が、そんな不満も同時に上がった。

 

「戦場では結果が全て。わかってるでしょ?」

「ちっ」

 

 明らかな舌打ちが聞こえる。

 味方チームが散開し、銃声が交錯する。

 

「いいか、姫。ガーデンフォースが向かっている。合流したら……」

 

 だが、その指示よりも早く、姫が動いた。

 

【この時、姫には何かが見えていた。】


 姫が飛び出すと、敵弾を掻い潜り、ドラム缶の影に滑り込むと素早くマガジンを交換。

 ドラム缶の上部から銃口だけ出して威嚇射撃。

 

【姫が作り上げた、一瞬の間だった】


 再装填すると、そのまま跳び出し——。


 滑るような動きで側面を取ると、アサルトライフルを撃つ。

 撃ち抜かれた敵の男が折り重なるように倒れた。

 

 “勝利:オフィス・ガーランド”

 

 の文字が現れる。

 陽菜子が、間違いなく頭を抱えているだろう声で言う。

 

「あのなぁ、連携訓練だって言ったよな?」


 銃火の匂いだけが残る戦場。

 姫はアサルトライフルを下げ、深く息を吐いた。

 戦闘終了後も立ち尽くす彼女の背に、次々と味方のアバターが集まってくる。

 

「姫、最後の動き、マジで見えなかった!」


 リンがゴーグルを外し、笑いながら声を上げた。


「合わせようと思っても、もう動いてるんだもん」

「……だよね。なんであんな動きができるかなぁ」

 

 チェリーの言葉に、ヒナが苦笑しながら頬をぬぐう。

 のばらは無言のまま、ライフルを抱えたまま姫に近づく。

 

「……次、私たちも一手を取ります。姫に合わせられるように」

 

 その目は静かに燃えていた。

 姫は少しだけ笑い、肩越しに四人を見た。


「私が見えたものは、私にしか見えない。でも、それを追ってくるなら—— きっと、あなたたちにも見えるはず」


 チェリーが驚いたように顔を上げる。

 けれど姫はそれ以上は言わない。

 銃を背負い直し、光の出口へ歩いていく。


【——戦場では、言葉よりも一瞬の判断がすべてを決める。——姫の背中は、それを誰よりも早く知っている者のものだった】


 残されたガーデンフォースは、視線を交わし、無言のまま頷いた。

 まだログアウトするには早い。

 次の戦いに向けて、彼女たちのシミュレーションが静かに始まる。




 ヘッドセットを外す音が響いた。

 現実の光がゆっくりと戻り、仮想戦場がモニターの向こうに遠ざかっていく。

 スタジオの照明が灯り、わずかに息を切らした姫宮悠希が映し出された。


【姫宮悠希は、GSEから現実へ—— 若干十五歳にして、宇都宮発のローカルアイドル界に彗星の如く現れ、トップに立った少女】


 深呼吸した姫は、年齢に似合わぬ落ち着きの中に、どこか無邪気な輝きがある。


『姫、戦いを終えたばかりですが—— いまの気持ちは?』


「……楽しかったです。怖いって思うこともあるけど、やっぱり勝てたときは“やってきてよかった”って思います」


 インタビュアーが続ける。


『あなたを慕う仲間たちがいます。彼女たちについて、どう思いますか?』


 姫は少しだけ笑い、視線を落とす。



「慕われてるって、正直よく分かりません。でも…… 一緒に戦っているときだけ、同じ景色を見ている気がします」

 

 その言葉に、後ろで談笑していたガーデンフォースの4人が、静かに頷いた。

 誰もがその“景色”を共有している。


『その景色の、先にあるものは?』


「まだ分かりません。でも、それを見るために、私は走り続けます。彼女たちにも、自分の戦い方を見つけ、自分の足で走って欲しいと願っています」


 強い思いと覚悟が入り混じる声。

 幼さの中にある芯の強さが、彼女をただの“アイドル”ではなく、“象徴”にしていた。


 


【姫宮悠希、十五歳。彼女が見ている未来は、まだ輪郭のない夢のかたち。だがその歩みは確かに、誰かの希望を照らし始めている】



 画面が白黒に変わる。テロップが差し込まれる。

 

『あなたにとって、トルトラとはなんですか?』

「……私を、まだ知らない人に、気づかせてくれる場所です。私たちがが輝ける、私たちだけの居場所」


 姫が控室の扉を開け、夜明け前の街へと歩き出す。

 薄い空が白み、風が髪を揺らした。

 

「ぜひ、私たちを見つけてください。私たちは、戦場でお待ちしております」



【——彼女は、誰よりも前を走る。だが、その背中を追う者がいる限り、孤独ではない】


 白い光が画面いっぱいに広がり、番組タイトルが浮かぶ。


『戦闘系アイドル、姫宮悠希の流儀』 ——終。

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