しゅわっと!デイズ

夏生るい

第2話『出会いのキャンデー』

「見つけた……最後のキャンデーを!」

放送室にできた人だかりの中、涼はマイクに向かう。

(しかし、どうして僕にこんなことを……)

演技は自分の柄でないと思うのだが、演劇部に頼まれてしまったからには仕方がなかった。

「これで元に戻せるんですね……女神さま!!」

最後まで声を張ること一〇分。朗読を終え、涼は椅子から立ち上がる。

「……ん、あいつは……?」

窓ガラスの向こう側に、見慣れない人の姿が。

『お客さん、どうしたの? 急に立ち止まって』

『あ、いえ! すみません……』

女性職員に声をかけられてから、焦った様子で去っていく茶髪の少年。涼には見覚えがなく、

(不審者ではなさそうだし、まあいいか)

深追いするまでもないかと思い、ドアノブに手をかけた。

その人物のことが話題になったのは翌日――涼が喉を痛めて休んでいる間だという。


「涼ちゃん、調子はどう?」

「ああ、真耶……おかげでよくなった」

「それならよかった」

病み上がりで登校した涼を気遣うように、真耶が歩み寄ってくる。

「ごめんね、私が代われればよかったのに……」

「仕方ないさ」

自分が休んじゃったから……と、申し訳無さそうだ。涼としては貴重な体験ができたと思うし、

「家族と面会できたのだろう」

「おかげでね」

「だったらそれでよかったじゃないか」

「うん……そうだね」

真耶が安心できたならそれが一番だと返す。

「みんな、席につけ~!」

白衣姿の男性がやってくると、真耶があわわ……と後ろへ回っていった。涼も前を向く。

「このクラスに新しいお友達がくるぞ、入ってきなさい」

青山先生がドアの方を向くと、あれこれとざわめきが起こる。そのさなかに入ってきたのは、

(あの子は……確か!)

一昨日ガラス越しに居合わせた――あの少年だ。

「紹介しよう」

「はじめまして! ヨウって呼んでください」

彼はサラサラと黒板に名前を書くなり『たかぎようへい』と……丁寧に読み仮名まで振ってくれる。

「じゃあ高城、窓際から2番目の席な」

「はい」

ひとつに束ねた髪をなびかせ、高城陽平が自分の隣に腰掛けてくる。

(普段は穏やかなんだな)

思わず見とれていた涼に対し『お隣、失礼します』と声をかけてきたあたり、謙虚なところが見て取れた。

「……今日は一緒に見るか」

「ありがとう」

涼は教科書を開いてみせる。陽平が嬉しそうにシャーペンを握ると、青山先生まで『気が利くな、上南は』と微笑む。

「それじゃあ、教科書の38ページを開いて~」


昼休みになると、周りが大移動を始める。

「うーん……」

ひとりでいちごサンドをつまむ涼の隣から唸り声が聞こえてきた。

(落ち着かないな)

きっと転校初日だからなのだろう。

いい機会だから話してみるか……と、涼は心を決める。

「高城、どうした?」

「上南くん……」

対する陽平は、恥ずかしそうにうつむく。

「あぁ……おとといのことで」

ノートの隅を覗き見ると『上南くん、一昨日はごめんね』と書かれたメモが。

「問題ない」

「え」

「僕のほうこそ、誤解させてすまなかった」

あのとき声をかけることができていれば良かったな、と涼は頭を下げる。

「不器用だからなぁ~、涼ちゃんは」

ふたりの背後からふわぁ……と呆れ声が聞こえてきた。

「真耶……言ってくれるじゃないか」

「喉を乾かしちゃよくないよ」

「あ……ありがとう」

真耶が自販機で買ってきてくれたらしい。

涼はペットボトルのふたを開け、甘酸っぱいレモンスカッシュを味おうとした。ところが、

「上南くんは、クールなんだね」

「そうか?」

「先生の子どもって聞いたとき、少し納得しちゃったよ」

「うっ……!」

陽平の一声をきっかけに苦味を噛んでしまう。

「涼ちゃん!?」

「オレ、悪いこと言っちゃった……!?」

むせる涼の背中をさする真耶と、凍てつくように固まった陽平。

気を取り直した涼は『高城は悪くない』と言い、

「……母さんめ」

まったく余計なことを……と嘆く。

「涼ちゃん、先生たちに期待されすぎて困ってるんだよね……」

「そうだったんだ……ごめんね、知らなくて」

真耶になだめられ、陽平は反省しているようだった。一方の涼にとっては不本意なものでもあって、

「真耶にも悪かったな、気を遣わせて」

「気にしないで」

次のテストであっと言わせてやれと、チョコレートの包みを真耶に差し出す。

「わたしも、あの先生とっても苦手だから……」

(赤点を取らなければ済むことだがな……)

今回ばかりは同情しかねないと思ったから。

「……移動教室に行ってきます」

さすがに懲りたのか、真耶は嫌そうな顔をして去っていった。

「オレ、自販機に行ってくるね!」

「おい……授業が始まってしまうぞ!?」

「すぐ戻るから!!」

陽平が風のように走っていったが、予鈴ぴったりに戻ってくる。それどころか、疲れた顔を見せない。

「すごい気力持ってるな、きみ……」

「体力には自信があるんだ」

前の学校で舞踊や陸上競技を経験していたという噂は本当のようだ。

(……高城、またあとでお礼をしよう)

涼はすっきりした後味のミルクココアを飲んで、5時間目の英語に臨んだ。



「涼ちゃん、ヨウくん」

「なにかな?」

「よかったら、今から親睦会しない?」

放課後になると、真耶が声をかけてきた。涼はすかさず『おい』と諌める。

「今から生徒会議があるんじゃなかったか」

「あ……そうだった」

生徒会長がサボってどうする、と。

「焦ることはないと思うよ」

肩を落とす真耶をフォローするかのように、陽平がノートを広げだした。

「俺の家はここだから」

「まあ!」

その場で書いてくれた地図を見れば――なんという偶然なのだろう。

「あのおしゃれな平屋、君の家だったのか」

「うん」

「いいなぁ~!」

転校生が上南家の近所だというのだ。

真耶が驚きの声を上げたことで、ほか男女生徒も関心をもったようである。

「涼ちゃん、私の家と交換してくれない?」

「できるか」

「うぅ……残念」

さすがに煩くなってきたので、涼は真耶に釘をさす。口を尖らす真耶を陽平がなだめていると、

「皆川会長、さっさと行くわよ」

「はーい……」

きりっとした顔立ちの女子生徒――副会長の水口によって、真耶が引っ張られていった。

「……行っちゃったね」

「いつもああなんだ」

陽平は苦笑し、スクールバッグをまさぐりはじめる。

「涼くん」

「ん?」

「仲直りの印になるかは、わからないけど……」

そうやって差し出されたのが、黄色に輝くキャンデーだった。

「甘いにおいがする……」

「そうでしょ」

陽平がパイン味のジュースを使って作ってきたのだという。

「僕にくれるのか?」

「うん」

「…………そうか」

こんなにも心がこもっていて、自分の好きが詰まっていて――陽平のあたたかさにうっとりして、

「ありがとう」

涼は黄色のキャンデーを手にとり、真っ先に口にした。

「……すごく美味しい」

「よかった!」

生徒たちの間でカップル成立かと噂された夕方。

ふたりで校舎を出てからも、陽平が楽しそうにしていたことは言うまでもない。



「上南先生、また明日に!」

「お気をつけて~!」

涼と陽平が自宅前に着くと、ランドセルを背負った少年の姿が見えた。塾講師でもある母親の教え子なのだろう。

「母さん」

涼はスーツ姿の女性に声を掛ける。

「ただいま」

「涼ちゃん! おかえりなさい」

上南沙理奈――涼の母親が嬉しそうに出迎えてくれた。陽平の姿にも気づいたようで、

「こんにちは! 上南先生、昨日はお世話になりました」

「うん、先生も楽しかったわ」

ふたりして長々と会話をはじめた。

「母さん……ヨウになにか吹き込んだろう」

「あらま、バレてたの」

「まったく……」

てへっ、と舌を出す母親。

いい加減にしろ、と涼は沙理奈を睨みつけ――玄関のドアを開ける。

「高城……いや、ヨウ」

「ん?」

「よければ、うちに上がっていかないか」

「いいの?」

まずは陽平に対してお礼をしたいと。

「あら、珍しい……」

「いろいろと世話になったからな」

「それもそうね」

きょとんとする沙理奈を一瞥してから、涼は陽平の顔を見る。陽平は嬉しそうに踵を返していった。

「じゃあオレ、母さんに声をかけてくるね!」


「涼、おかえりだっぜ~!」

「カッシュ、ただいま」

リビングに先行した涼を、消毒スプレーを持ったカッシュが出迎える。

「今日は新しい友だちを連れてきたぞ」

「お~!」

涼はカッシュに『こいつとも仲良くしてやれよ』と告げる。そのさまに陽平はきょとんとして、

「え? えーっと……」

ぬいぐるみが浮いてるように見えるけど、誰……と、首を傾げていた。

(彼は純粋だから見えるんだな)

陽平にもカッシュの姿が見えているらしい。

「実は、こういうわけで……」

「なるほど~」

涼はひそひそと説明してみせる。

「事情はわかったよ」

陽平は『秘密は守るからね』と微笑み、カッシュに穏やかな視線を向けていった。

「オレっちはカッシュ、よろしくだっぜっ!」

「高城陽平っていうんだ、これからよろしくね」

「そっか! じゃあヨウって呼ぶな」

「いいよ」

半透明のグラスやオレンジ色の小瓶を並べる涼の前で、あははと笑い合うふたり。

(お友達ができてよかったな、カッシュ)

この様子なら一安心だ……と、涼もつられて笑う。

「カッシュ、ヨウ、準備はいいか」

瓶の中身を注いでいる間、星形の氷が踊りだす。その上からナタデココを3つずつ沈めて、

「うお~っ!」

「すっごく綺麗な音色だね!」

「さあ、どうぞ」

炭酸が抜けきらないうちに……と、カッシュと陽平の前に置いた。

「出会いに乾杯!」

今にも溢れそうな3つのグラスが奏でる夕方。

ベリー味のスパークリングを手にした沙理奈も加わり、電話が鳴りだす20時までお祭り状態になったという……。


                               第2話 おわり



☆次回予告☆

謎の体調不良が横行し、学級閉鎖になった涼のクラス。カッシュはつまらないと言って出かけていくが……お昼になっても帰ってこず!?

次回更新は7月20日予定!


                              ©夏生るい/家守



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しゅわっと!デイズ 夏生るい @RuiNatsuki

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