ちょいと鬼な最強生物

 今でこそ、クマムシを知らない人の方が少なく成ったと思われるが、私が高校生の頃は、ほとんんど誰にも知られていなかった。

 ニュートンだったか、ネイチャーだったか、若しかしたら日経サイエンスだったかも知れない。 

 昔の事なのでもう忘れてしまったが、兎に角、科学雑誌でクマムシの事を知って、彼らのSFチックな生活様態に、私は興奮を覚えた物だ。


 何しろ、マイナス273℃の極低温から、150℃以上を超える高温の環境に於いても死滅しないからだ。

 加えて、真空状態でも生存する事が出来る。 

 高線量の放射線にも耐えるし、高圧、低圧にも耐える。

 更に驚くべきは、クマムシは体の水分をほとんど失っても、再び水分を得ると生命活動を再開する事だ。

 おまけに、DNAが損傷しても自己修復機能まで持っている。

 こんなスーパーマンが、弟子入りをしたく成りそうな生命体が、この地球上に存在していたなんて!


 クマムシの事をご存知では無い方もいらっしゃると思うので、ここで簡単に解説をして置こう。

 クマムシはその名のイメージに反して、体長が0.1〜1mmと言う、極々、小さな生物だ。

 ムシと言う名前が付けられているが、昆虫では無い。

 生物学に於ける分類は「緩歩動物門かんぽどうぶつもん」に属している。

 「緩歩動物門」では、クマムシが唯一の現生種で有る。

 確かに唯一の現生種なのだが、クマムシ自体は、現在、約1700種が発見されている。

 日本でも約180種以上のクマムシが報告されており、その内の84%が陸産の種だ。

 これだけの無敵さを誇るクマムシだから当然の様に、コケや地衣類、土壌で一番多く見られるものの、南極大陸、ヒマラヤ山脈、深海の中、兎に角、水が有る場所ならどこにでも生息している。


 この様に水が有る環境を好むクマムシだが、この水が有る環境下ではクマムシは地上最強どころが、どちらかと言えば「超弱っぴ生物」なのだ。

 一寸した環境変化で直ぐに弱ってしまうからだ。

 この事が、クマムシ飼育の困難性を高めていて、その研究が遅々としてしか進まない原因に成っている。

 ところが身体から水分が無く成って「乾眠状態」に入ると、クマムシは前述の驚異的な能力を発揮するのだ。

 生命のピンチに遭遇すると、スーパーマンならぬスーパークリーチャー化するクマムシ!

 その姿に、青少年だけでは無く、大人もロマンを感じてしまうので有る。

 但し、この「乾眠状態」に入ると、クマムシは生命活動を「ほぼ行わない(代謝は1万分の1、水分の消費量は通常の1%)」為に動けない。

 従ってお分かりの通り、クマムシが最強だと言うのは守りに関してで有って、何かと戦って最強だと言う訳では無いので有る。


 こうした、クマムシが持つ特異な能力に宇宙関連業界は早くから注目していて、クマムシは宇宙空間だけでは無く、事故だったものの結果的には、月面に降り立った生物として有名に成った。

 その事故とは、2019年4月11日にイスラエルの宇宙船ベレシート号が月面着陸に失敗して、数千匹のクマムシと共に月に墜落した事故の事で有る。

 初報では、クマムシ達は不時着時の衝撃に耐えたと伝えられた。

 スーパークリーチャーのクマムシに取っては、それは造作も無く生き残れる衝撃だった筈だ。

 そして最近、最も注目を集めているクマムシ関連の話題は、何と言ってもNASAが発表した「スターライトプロジェクト」だろう。

 その宇宙船に、クマムシ達が乗り込むからだ。


 「スターライトプロジェクト」は、掌サイズの薄い帆を持つ宇宙船を「光速の30%」まで加速させて恒星間航行を行う計画で、宇宙船は目的地のロキシマケンタウリの惑星に光速の30%のスピードを維持したままで激突させる。

 果たして、クマムシ達は生き残れるのか?

 何れにしても、このクマムシ達が貴重な飛行データを、人類にもたらして呉れる事だけは間違いが無いだろう。

 勿論、このままクマムシ全般のお話を続けても良いのだが、それではエッセイでは無くて、只のクマムシ解説に成ってしまう。

 そこで今日は、「究極まで耐え忍ぶ派」で有るクマムシのイメージからは程遠い、肉食のオニクマムシについて語る事にしよう。


 普通は省略される事が多い生物学上の正式分類を、今日の主役に敬意を表して紹介する事にしよう。

 オニクマムシは、動物界、脱皮動物上門、緩歩動物門、真クマムシ綱、遠爪目、オニクマムシ科、オニクマムシ属、オニクマムシ種に属する。

 だが、この事を誰かに伝えても、「だから?」と言われるだけだから、余り伝え無い方が無難だろう。

 オニクマムシは、ヨコヅナクマムシと並んで、クマムシの中では飼育の難度が低い代表選手だ。

 ヨコヅナクマムシは日本では超レアな存在で見付けるのが大変だが、このオニクマムシは苔の中には概ね生息しているので容易に手に入る。

 しかも、オニクマムシが食べるワムシやセンチュウ、それから他のクマムシ類の中では、ヒルガタワムシが飼料としては尤も安定している事が既に分かっている。

 その為、日本のアマチュア研究家の多くは、このオニクマムシを飼育して研究を続けているのだ。


 オニクマムシの飼料に成っている微生物のヒルガタワムシで有るが、ヒルガタワムシに限らずワムシの仲間は動物界で唯一の「古代無性生殖生物」なのだ。

 種の絶滅から逃れる為に、ほぼ全ての動物が生殖行為を求めてその相手を探す、所謂いわゆる、「赤の女王仮説」。

 その仮説にに背く存在がワムシで有る。

 生殖行為を行わずに最大で5千万年をも生き延びた奇跡の生物。

 自らを「干乾し状態」にして、敵から逃走する奇抜な生き残り戦略。

 このワムシ類も、研究者を熱くする生物のひとつだが、今日の主役では無いので、詳細は別の機会に譲るとしよう。


 話は戻って私は、このオニクマムシがヒルガタワムシを捕獲して食する所を顕微鏡で観察した事が有るが、一口でパクリと食する様は圧巻だ。

 正に、ミクロの生物界に於ける百獣の王、名ハンターだと言っても過言では無い。

 これだけ食欲が旺盛なら、その飼育の難度が低いと言う事にも私は納得が行った。

 

 現在、クマムシの研究は、ゲノム解析の分野が群を抜いて進んでいる。

 2015年に於ける世界初のゲノム解析こそ、米国ノースカロライナ大学の研究グループに後れを取ったが、その後は日本の研究チームが先端を走っている。

 2017年には、慶應義塾大学の研究グループが、性質が異なる2種類のゲノム情報を解読して、極限環境耐性を生み出す遺伝子の特徴を発見した。

 続いて2024年には、東京大学の研究グループが、クマムシ類で初めてゲノム編集に依る個体の作出に成功する等の輝かしい業績を挙げている。


 ところがそれ以外の分野では、クマムシ飼育の困難性に悩まされて、中々、進んでいないのが現状で有る。

 そうした中、手軽に入手が出来て飼育も容易なオニクマムシを使って、潤沢な研究時間をクマムシに割ける日本のアマチュア研究家が、何らかの大きな発見をすれば、それは違う意味で人々にロマンを感じさせると思うのだが、皆様のお考えは如何に?

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