魔女ポリリャ・デ・クルパ(罪の蛾)の物語

墓の魚ユニバース・オーケストラ

1

ドゥラカは幼い頃から、何かと周囲と馬が合わない子供だった。

例えば腐肉を見て彼女は「美しい」と言った。

腐敗とは命の生み出す最後の祭りなのだ、と。

子犬を見れば「悍ましい」と彼女は言った。

容姿で愛を求め、一人で生きられぬ事はとても惨め事だ、と。

村はずれで騎士道物語の田舎芝居が上演されれば、

「女の容姿にたぶらかされる騎士などに、

何の気高い心があろうか?」と罵った。

例外として、セルバンテスの

「独創的な郷士ラ・マンチャのドン・キホーテ」は、

彼女のお気に入りだった。

「このじじいこそが騎士の本質だ。

老いぼれて、何も成し得ない者が、

この世では魂の権威に焦がれ、

振れない剣を振り回してる。」

そう彼女は笑った。


そんな事ばかり言っていたので、

当然、彼女はヒターノの中ですら

変わり者だと孤立した。

彼女の母や、叔母は、彼女の戯言を

「何て面白い子!!

きっとあの子の頭は、

地獄から天国を覗く事だって出来るね。」

と面白がったが、彼女の父や、叔父達は、

彼女をひねくれ者、一族の問題児として考えていた。


ある時、彼女は叔父に呼ばれ、こう言われた。

「ドゥラカ。

お前が何処かの男に傷物にされれば、

俺も、お前の父親も、兄も、

お前の為にその男と決闘するだろう。

俺達は家族だ。

お前、そんなにひねてないで、

もっと毎日を楽しく過ごしたらどうだね?」

それに対してドゥラカは言った。

「叔父さん、心配しないで。

私は楽しく毎日を過ごしていますとも。

ただね、私には

誰かに傷物にされる様な日が永遠に来ないのです。

例え、誰かに腕をもがれ様と、

目をくりぬかれ様と、

私がそれを傷と思わなければ、

私は傷物ではないからです。」

叔父は驚いて言った。

「お前ね、年頃の娘が、

腕をもがれたり、

目をくり抜かれたりしたのに、

私は傷物じゃありません、

なんて言っても駄目だよ。

そんなの俺達に通用するもんかね。」

そこでドゥラカは答えた。

「私が望んで森に入り、

岩や毒草で傷だらけになったのなら、

その傷はただの私の人生の刺青ですよ。

そんなものね、

クジラの身体についたフジツボの様なものです。

まぁ、私をコルセスにして飾っておきたいのでしたら、

やはりそれはクジラを殺す様に

一思いにしなくてはいけませんね。」

叔父はドゥラカの言い分に呆れ果て、

もういい、下がりなさいと言った。

「全く、あの娘には困ったものだ。」

後日、叔父の愚痴を聞かされた叔母は

ドゥラカを呼んで言った。

「ああ、ドゥラカ。

あの人をまた怒らせたんだね。

お前はもしかしたら本当は、

誰よりも賢いのかもしれないけどね。

斜め左に一回り回ってね。

それでも、適当に人に合わせて、

あしらう方法も知っておかないと、

困るのはお前なんだよ?

誤解してるのかもしれないがね?

あの人は他の兄弟と同じに、

お前の事だって、可愛いんだから。」

ところが、そう言われても、

ドゥラカには悲しい気持ちしか残らなかった。

「叔母さん。

私は、そんな愛はいりません。」


ある時、親戚一同に叔父は言った。

「この旅の途中、ティシドにある

聖アンドレス教会に礼拝に行こうじゃないか。」

そこでドゥラカは言った。

「何の為に?」

叔父は言った。

「聞いた事はあるだろう?

あの教会に、生きている間に

巡礼に行けなかった無精者は、

死んだ後に惨めな獣に生まれ変わり、

それもどうしてか、

その姿で、教会に礼拝に行く羽目になっちまうんだ。」

「白人共はね。」

叔母が笑いながら付け加えた。

「ああ、多分な。

それでもまぁ、神に祈っておけという話さ。」

叔父は頷いて言った。

そこでドゥラカは笑い出した。

「この話に、何のおかしい事があるかね?」

叔父の質問にドゥラカは答えた。

「ええ、だって、

随分と器量のない神様だこと。

例えば、足に錆びた釘が刺さって歩けない者は?

身寄りが無くて誰も助けてくれない者にも、

神様は罰を与えるの?

赤んぼ仔馬*に足止めされた人だっているかもしれないのに?

[訳注*赤んぼ仔馬(Bebé Poldro、またはBabycolt(ベビコルト))。

ドゥラカ達の一族に伝わる悪霊。魔物(悪魔ビビコット)]

そんな理不尽な罰を与えるのがキリストというお方なら、

私は自ら呪いを被りますとも!!

死んだ後に蛾に生まれ変わって、

教会の周りを一周してみせるわ!!」

それを聞いて、叔父は優しく笑って言った。

「私もそう思うとも。

まぁね、俺達ヒターノならそう思うよな。

だが、残酷なのが神というものなんじゃないか?

とも思ってる。

長い人生を生きているとな。

そう思う時もあるんだ。」

叔父はその後も、何か話をしたが、

結局、それでもドゥラカが

頑なに教会に行くのを嫌がったので、

叔父はドゥラカに

「教会の外で待っていればいいじゃないか」と言い、

親族達は礼拝を済ませた。

その日以来、兄弟達は、ドゥラカを

「礼拝をしなかった呪われた魔女だ!!」

と、からかう様になった。

だけど、ドゥラカは

魔女と言われて、悪い気がせず、

それをすんなりと受け入れた。

むしろ、弟が昔、ポルトガルのファディスタから盗んで来た

カビだらけの黒いボロ布を羽織り、

「自分は魔女だ」と言い聞かせたのだった。

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