第一話

 話しかけてきたのは、肩までの髪をした、男とも女とも断定できない人物。鍔の広い帽子と年季の入ったマントを身につけた、いかにも旅人の風貌である。

「名も名乗らずにまず事情を聞くとは、そっちこそ珍しいタイプですね」

「まあまあメリス、でもこの人、悪い人じゃなさそうだよ」

「何を根拠に」

「勘」

 呆れた顔をするメリス。それは根拠ではない。

「確かにそうだ。僕はいつもこんな調子で話しかけているんだが、みんなわりとペラペラ喋ってくれるんでね、感覚が麻痺していた。僕はアキ、見ての通り旅人だ」

 アキがニコリと微笑みかけてくる。胡散臭い。

「よろしく、アキ。俺はレイヴンでこっちはメリスだよ」

 勝手に、自分の名前のみならず他人の名前まで言うレイヴン。個人情報も何もない。

「俺たちはついさっき、生まれ育った街を出て旅を始めたところなんだ」

 地図を取り出して現在地と街を指差してみせた。

「近っ! 旅の序盤も序盤じゃないか。で、旅の目的は?」

「えっとそれは……」

 メリスの方を見る。「なんだったの?」

「え、レイヴン、君はなんの目的かもよく分からずただついてきたのかい? それまたなぜ」

「やっぱり一人だと危ないし、俺、たまたま剣の心得があったもんだから」

 ふーん、と何か含んだ目でレイヴンを見るアキ。視線を泳がせるレイヴン。

「じゃ、目的があるならメリスにってことか」

「ええ、なんで見知らぬ人に教える必要があるの」

「俺も! よければ俺も聞きたい! 力になれるかもしれないし」

 目を輝かせるレイヴンに、なぜか絆されるメリス。そんな楽しい話じゃないけど……と話し始めた。

「あなたはさっき街を出るとき感じたと思うけど、私、街で冷遇され気味だったんだよね」


+++++++


 メリスがまだ幼かった頃。メリスは街の隅の小さな家に、「先生」と呼ぶ存在と二人で住んでいた。

「なぁメリス。私はちょっと素材を毟ってくるから、いい子にしてろよ」

「うん」

 先生を見送るメリス。

 先生は、家から出たときに偶然居合わせたおばさん集団から野次を飛ばされていた。

「あ、おまえは! なにしにきたんだ!」

「あんまりうろちょろすると、ひどいぞ!」

「そうだそうだー!」

 少々アホっぽい野次だが、確かに先生は怪しい見た目をしている。腰より長いストレートヘアに、いろいろな素材の汁などが飛び散って変な模様のついた白衣。山登りするわけでもないのに履いている頑丈そうなブーツ。他の街人が半袖や涼しそうなサンダルを履いているのに対して、先生は年中そのスタイルである。

 ちなみにメリスは、そんな先生の下、長くて柔らかい髪に、白衣は着ないものの似たようなブーツを履いたり、少し凝った模様の服を着たりしているので、街人からしたら同じように感じるだろうが。

 先生がいないときは、メリスはいつも一人で本を読んだり、ボードゲームで遊んだりしていた。先生はたくさん本を読むので、メリスも真似をしてたくさん本を読もうとするのだ。もっとも、難しくてとても時間がかかるのだが。

 数時間後、やれやれとした様子で先生が帰ってきた。その手には大量の葉っぱや木の実。先生はいつも、それらを使って薬やら毒やらを作っているらしい。

 先生が扉を開けたとき、外から同い年くらいの子どもたちが楽しそうに笑う声が聞こえた。

「……ねえ先生。なんで私があの子たちと一緒に遊ぼうとすると逃げちゃうのかな?」

 先生は、どう答えようかと考えるように小さく唸った。

「うーむ。分からないが、しかし一つ確かなことは、お前は何も悪くないということだ。無視する方が悪いに決まってるからな。そんなやつら、こっちの方から願い下げだ。そうだろう?」

「……そうかも。じゃあいいや。私、そんな子たちと友達なんてならなくていいや」

「うむ。お前はあんなことしてはいけないぞ」


+++++++


「……そんな感じで、冷遇はされてたものの先生はいたし、ああいうことする友達ならいない方がましと思ってたから、特に支障はなかったんだけど。でも、一年前先生が死んで、話し相手もいないし街の人たちは鬱陶しいしで、荷物をまとめて街から出ることにしたんだ。で、いざ出るとき、なぜかついてきたんだよね」

 と、レイヴンの方を見ると、ひどく沈んだ顔をしている。

「だからさ、そんな楽しい話ではないけど、そんなに暗い話でもないんだよ。私の方からあっちを見切ってたし。愚かな人を相手にしてる暇はなかったし」

 歯に衣着せぬ言いようである。

「その当時、レイヴンはどんな感じだったの?」

「俺はそんなに、街の隅の方まで行くことなかったからなぁ……。メリスを初めて見たのは十二歳くらいの頃かな。綺麗な服と髪してたのを鮮明に覚えてるよ」

 ふうーん、とアキはまた含んだ目でレイヴンを見る。メリスはもぐもぐと、少し冷めてしまった焼き鳥を食べている。飲み込んだあと、「ちょっと草毟ってくる」と言って『お手洗いはこちら』と書かれた札に従い店から出て行った。

「……どういう意味だ?」

「お花を摘みに、のアレンジバージョンじゃない?」

「丁寧なんだかそうでないんだか、よく分からない言い方だな」


 草を毟るにしては時間がかかりすぎているので、不思議に思った二人は様子を見に行くことにした。

 店を出てすぐのところにメリスはいた。

「あ、ごめん遅くなって。ちょっと話聞いてたんだ」

 メリスの横にはこの酒場の主人。

「どうやら奥さんが病気なんだって」

「なぜメリスに?」

「薬品っぽい匂いがしたからだって。確かに持ってきたけど」

「鼻が利くんですねえ」

「話を戻しますけど、奥さんはどういう症状ですか? ものによっては、私の得意分野かもしれないので」

「それが、ずっと膝が痛いようなんだが一向に回復しないんだ。もう一週間になる。市販の薬も効かない。もしかしたら骨に何かあるのか、という状況だ」

「ふむ。私、いけるかもしれないです。案内してください」


 店の二階にある部屋に案内されると、ロッキングチェアに座る、快活そうな女性がいた。

「ご主人から話は聞きました。もしかしたら私が治せるものかもしれません。一応本人にも聞きますけど、痛いところはどこですか?」

「膝です」

「そうですか。十回ゲームって知ってます?」

「……はい?」

「十回同じこと言ってから質問に答えるやつですよ。あ、そうだ」

 メリスは立ち上がって、主人に小声で質問した。

「この辺に、ピザ屋ってありますか?」

「なんでピザ屋なんか」

「いいからいいから。ありますか?」

「この辺にはうちしかないからなあ。なんのピザでもいいならうちで提供してるのがあるが」

「おお、ベストな状況ですね。それ、持ってきてください」

「今か?」

「今です」

 主人は首を捻りながら部屋を出て行った。

「それじゃ、肘って十回言ってください」

 頭上にクエスチョンマークを浮かべながら女性は早口で言った。

「肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘」

「ここは?」

 メリスが指差すのは、膝。

「肘! えっ、ちょっと! る痛みが肘に来たんですけど!」

「おっとこれは失礼。まあ今のはウォーミングアップです。そろそろ帰ってくるかな」

 主人が戻ってきた。ピザと共に。

「よし。じゃあ次です。今度は膝って十回言ってください」

「膝膝膝膝膝膝膝膝膝膝」

「これは?」

「ピザ!」

 そりゃあピザを指差したからピザと言うだろう。しかし、これはイジワル問題だ。

「ざんねーん。これはトマトです。で、どうですか痛みは?」

「ひ、引いていく……」

「それはよかったです。あ、そうそう。そのピザはただ『これは?』と指差すためのものなので、もう用済みです。あわよくば食べたいです。おっと本音が」

 一連の流れを黙って見ていた主人はびっくりした様子だ。

「あんたすごいな! 術師か何かか?」

「そんな怪しいものではありませんが」

「何か、そういうやり方があるらしいってことは風の噂で聞いたことがあるが、まさか本当にあるとはな。あんたたちすごいな! とにかく助かった! ここでのお代はいらないし、このピザもやろう」

「あ、本当ですか? じゃあお言葉に甘えて、頂きます」

 さすがメリス、とニコニコしているレイヴンの横で、興味深そうな顔でメリスを見つめるアキ。アキの胸の内では、ある決意がされていた。

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