首つり台から

翌朝、悠斗はいつものように登校するため

家を出た。しかし、足取りは昨日までの

それとは違っていた。彼の心を占めるのは、

新たな目標への希望だけではなかった。


「僕は、この世界を憎んでいる」


という言葉が、まるで呪文のように

頭の中で反響する。右腕の自由を奪われ、

Jリーガーという夢を絶たれた理不尽。

美咲や翼のように、理不尽な現実と闘う

仲間たちの姿を見るたびに、彼は自身の

内側でくすぶる怒りや悲しみを

どうすることもできなかった。


「首つり台から叫んでやる」


ノートに書き殴ったその言葉は、絶望の淵から這い上がろうとする彼の、悲痛な叫びでもあった。

社会の不条理、努力だけではどうにもならない

現実。彼は、漠然とした憤りを感じていた。

スポーツ心理学を学び、誰かの心を支えたい

という思いは確かにある。しかし、

その根底には、自分をこのような境遇に

追いやった世界への、やり場のない怒り

が横たわっていた。


希望と絶望の狭間で


昼休み、悠斗は学校の屋上へと向かった。

ここから見下ろす街並みは、彼がかつて

夢見たグラウンドとはあまりにもかけ離れていた。冷たい風が彼の髪を揺らす。

「もうこれ以上は傷つけないで」

という弱音と、

「もうこれ以上は諦めない」

という決意が、彼の心の中で激しく衝突する。

そこへ、健太がやってきた。彼の隣には翼もいる

「悠斗、ここにいたのか。一緒に飯食おうぜ」


と健太が声をかける。

悠斗は彼らに、昨日の出来事、そして心の中で渦巻く葛藤を正直に打ち明けた。


「俺、時々思うんだ。なんでこんなことになったんだろうって。この世界って、マジで理不尽だよな」


健太と翼は、黙って悠斗の言葉を聞いていた。

彼らもまた、それぞれの形で不条理と

向き合ってきた。翼は利き手の負傷、健太は

レギュラー争いの厳しさ。彼らは言葉ではなく、

ただそこにいることで、悠斗の苦しみに

寄り添っていた。


「僕は何処にいる」


悠斗の心の奥底に響く声。夢を失い、

新たな道を模索する中で、彼はまだ

自分の居場所を見つけられていなかった。メ

ンタルコーチとして誰かを支えたいという

目標はできた。しかし、それはJリーガーに

なるという幼い頃からの夢を

「諦めた」結果生じた、いわば代償のようなものなのではないか? そんな疑念が、彼の心を蝕む。


見えない鎖と未来への一歩


放課後、悠斗は地域の障がい者支援イベントのポスターが貼られた掲示板の前で立ち止まった。以前は希望の光に見えたそのポスターが、今は彼自身の

不自由な右腕を、そして叶わなかった夢を、

あざ笑っているようにさえ感じられた。


「見えない鎖に繋がれて」


ポスターの文字が、まるで彼自身を縛る

見えない鎖のように思える。夢を失った悲しみ、

未来への不安、そしてこの世界への怒り。そ

れらすべてが、彼を雁字搦めにして

いるかのようだ。

しかし、その時、隣を通りかかった

子どもたちが、無邪気にサッカーボールを

追いかける姿が目に入った。その純粋な喜びに

満ちた笑顔を見た瞬間、悠斗の心に微かな

変化が生まれた。


「僕は僕でしかないだろう」


彼は悟った。Jリーガーになる夢は、

もう叶わないかもしれない。しかし、

サッカーを愛する心は、誰かの役に立ちたいという情熱は、決して失われていない。彼は、過去の自分に縛られ続けるのではなく、今の自分にできること、今の自分にしかできないことを

見つけるべきだと強く感じた。

Jリーガーになるという夢は、彼にとっての

「首つり台」だったのかもしれない。

そこから一度は絶望の淵に突き落とされた。

しかし、その絶望の淵から、彼は新たな

「叫び」を見つけ出そうとしている。それは、

この理不尽な世界を変えたい、

そして誰かの希望になりたいという、

新たな情熱の萌芽だった。

悠斗は、ポケットからスマートフォンを取り出し、障がい者支援イベントの連絡先を検索した。


「僕は、この世界を許したい」


心の奥底で、静かな声が響いた。それは、

諦めではなく、未来への確かな一歩を示す、

希望の旋律だった。彼が歩む道は、

決して平坦ではないだろう。しかし、

彼はもう一人ではない。そして、

彼の心に咲き誇る情熱の薔薇は、

どんな困難にも負けない強い意志を宿し

始めていた。


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