青空

健太との会話は、悠斗の心にじんわりと

染み込んだ。あいつらの言葉、あいつらの存在が、悠斗がずっと抱えてたモヤモヤに、

まだはっきりしないけど、確かなヒントを

くれた気がした。

病院からの帰り道、悠斗はいつもの通学路を

歩いていた。冬のキンとした空には、

夕焼けのオレンジが薄く広がってて、 その向こうには、数えきれないくらいの星が

チカチカ瞬き始めてた。凍えるみたいな 

冷たい空気が、悠斗の頬をかすめる。 


「大人たちが言う『正しいこと』って、結局、何なんだろな…」


悠斗は、ひとりごとのように呟いた。

世の中には、マジで理不尽なことばっかりだ。

俺の体が、いきなり思うように

動かなくなったこと。翼が、利き手を

使えなくなったこと。美咲が、車椅子で

生活しなきゃいけないこと。そういう現実は、

どんな「頑張れ」って言葉も、簡単に

ひっくり返せやしない。

ふと、足元を見た。乾いた土の上に、

誰かが蹴っ飛ばして通り過ぎた、

ちっちゃな石が転がってる。前はさ、

なんも考えずに、夢中でボール追いかけてた。

サッカーこそが、俺の全部だった。でも、

今は、そのボールを蹴ることすら、

自由にできない。


「でもさ…」 


悠斗は、ゆっくりと右腕を上げた。まだ、

完璧には動かない。それでも、リハビリ続けて、

少しずつだけど、前よりは確実に動くように

なってる。この腕で、本をめくることができる。

ペンを握って、自分の考えを書き出すことが

できる。そして、何よりも、大切な仲間たちの

手を握り返すことができる。


「どんなことがあったって、俺は、俺の人生、諦めない。」


悠斗の心に、静かだけど、揺るがない決意が

生まれた。それは、誰かに言われたから

じゃない。自分自身が、この短い期間に

経験した痛みと、仲間たちの存在が、

悠斗に教えてくれたホントのことだった。

社会の矛盾は、中学生の俺には、

まだどうにもできない。それでも、

俺には、俺にしかできない「何か」

があるはずだ。

悠斗は、家に着くと、すぐ自分の

部屋へ向かった。机の上に広げた

スポーツ心理学の本の隣に、新しいノートを

開いた。そして、震える右手で、

ゆっくりとペンを握った。

ノートの最初のページに、

悠斗は大きく書き記した。


「青空」


その言葉の下に、彼は自分の心を

整理するように、いくつもの問いと、

小さな希望を書き連ねていった。


* サッカーできなくなった俺に、何ができるんだ?

* 「頑張れ」って言葉の、ホントの意味って?

* マジで理不尽な世界で、俺はどう生きていくべき?

* 仲間たちと、これから何ができるかな?

悠斗はわかってる。これらの問いに、

今すぐはっきりした答えが出るわけじゃないって。それでも、問い続けること。そして、

この不自由な体で、めいっぱい、

今日っていう一日を生きること。それが、

今、中学生である悠斗にできる、

一番でっかい挑戦なんだって。


窓の外では、夜空に輝く星たちが、 

悠斗のちっちゃな部屋を静かに見守ってた。

その光は、

遠い宇宙から、この地上の、一人の少年が

抱える葛藤と、それでも見上げ続ける希望を、

優しく照らしてるみたいだった。

悠斗はノートを閉じ、深く息を吐いた。

書き連ねた文字は、まだ明確な答えを

示してるわけじゃない。だけど、心を整理して、

自分の置かれた状況と向き合うための、

最初の一歩であることは確かだった。

次の日、学校へ向かう通学路で、悠斗はいつもよりちょっとだけ顔を上げて歩いた。空は、

鉛色に曇ってたけど、その雲の隙間から、

かすかに青い光が差し込んでるのが見えた。

完璧な青空じゃないけど、それでも、

そこには確かに光がある。

健太が、いつもの場所で待ってた。


「悠斗! 今日はなんか、顔つきが違うな!」


健太の言葉に、悠斗は初めて心からの笑顔を見せた。無理に作った笑顔でも、曖昧な笑みでもない。健太は、その笑顔を見て、何も言わずに悠斗の肩をポンと叩いた。言葉はなくても、その温かさが悠斗の心にじんわり染み渡る。

学校に着くと、悠斗は体育館の方へ視線を向けた。バスケ部の練習の音が聞こえてくる。

翼や美咲も、きっと今頃、それぞれの場所で、

自分と向き合って頑張ってるんだろう。

昼休み、悠斗はまた図書室へと足を運んだ。

スポーツ心理学の本を開く。今日は、

昨日よりも集中して読むことができた。

ページをめくるたびに、そこに書かれた専門用語が、前よりもスッと頭に入ってくる。


「もし、俺が、この知識と自分の経験を、いつか誰かのために活かせるとしたら…」


漠然とした思いが、少しずつ、形を帯びてくるのを感じた。それは、まだ遠い未来のこと。

だけど、その未来に向かって、今、この瞬間から

できることがある。

放課後、悠斗は健太に誘われ、グラウンドの隅で

サッカー部の練習をちょっとだけ見学した。

ボールを蹴る音、仲間たちの声。前は自分が

その中にいた光景を、悠斗は静かに見つめた。

胸の奥には、まだちょっとした痛みがある。

それでも、その痛みは、もう絶望の

色だけじゃない。むしろ、前に進むための、

ガソリンみたいなものに変わってた。

悠斗は、自分の中の葛藤と、社会への疑問を抱えながらも、それでも前を向いていく。中学生の悠斗にとって、今できることは、小さな一歩を積み重ねること。そして、かけがえのない仲間たちと共に、この曇り空の下でも、自分なりの「青空」を見つけ続けていくことだった。


こんなはずじゃなかったけど、僕を問う答えら

僕自身が答えを見つけないとなぁ。

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