ラブレター
俺の右手は、まだ完全に自由には動かない。
だけど、ペンを持つことはできる。
白い便箋を前に、俺は深呼吸した。手術まで、
あと数日。この数週間、俺の心を占めていたのは、不安と、そして、伝えたい言葉だった。
「ラブレター」――。
ブルーハーツの歌が、俺の頭の中で響く。
これは、愛する人へ贈る歌。俺にとって、
愛する人とは、家族であり、友達だ。彼らに、
俺の今の気持ちを伝えたい。もし、手術がうまくいかなかったとしても、後悔だけはしたくない。
父さん、母さんへ
最初にペンを走らせたのは、両親への手紙だった。
親愛なる父さん、母さんへ
この手紙を読んでくれている時、俺はもう手術を終えているかもしれません。
正直、すごく怖い。何がどうなるのか、全く想像がつかないから。
だけど、父さんと母さんが、いつも隣で支えてくれたから、俺はここまで来ることができました。
覚えていますか? 小さい頃、初めてサッカーボールを蹴った日。
あの時、父さんは「悠斗なら、きっとできる」って、いつも励ましてくれた。
母さんは、どんな時も俺の味方でいてくれて、俺が落ち込んでいる時には、いつも温かいご飯を作ってくれたね。
二人がいたから、俺はサッカーを大好きになれた。Jリーガーになる夢を追いかけられた。
この病気になって、俺はたくさんのものを失った気がしていました。
サッカーも、自由に体を動かすことも、当たり前だった日常も。
でも、その中で、本当に大切なものに気づかされました。
それは、父さんと母さんの、俺へのまっすぐな愛です。
「僕の心の半分は 貴方で出来てる」
本当にその通りだと思う。俺は、二人なしには生きられない。
今まで、迷惑ばかりかけてごめん。心配ばかりさせてごめん。
それでも、俺は、二人の息子で本当に幸せです。
手術が終わって、どんな結果になろうと、俺は前を向いて生きていきます。
どんな未来が待っていようと、俺は諦めない。
「君にとっての真実は何だろう」
俺にとっての真実は、二人がくれたこの命を、大切に生きていくこと。
本当にありがとう。そして、これからも、よろしくお願いします。
悠斗より
書き終えた手紙を折りたたみながら、俺は涙が止まらなかった。両親には、俺がこんなにも感謝していることを、伝えたかった。
健太へ
次は、健太だ。あいつは、いつも俺を励ましてくれた、最高の相棒。
健太へ
お前には、本当に感謝している。
俺が病気になって、サッカーができなくなっても、お前は何も変わらなかった。
病院にだって、忙しいのに何度も会いに来てくれて、俺を笑わせてくれた。
お前と話していると、病室にいることを忘れて、グラウンドにいるような気持ちになれたよ。
「がんばれ がんばれ」って、いつもお前は言ってくれたね。
あの言葉が、どれだけ俺の力になったか、お前は知らないだろうな。
正直、俺はまだ、サッカーへの未練を完全に断ち切れていない。
グラウンドで、お前とまた一緒にボールを追いかける夢を見る。
でも、この病気は、俺からサッカーを奪うかもしれない。
だから、この手紙を書いている。
もし、俺が前みたいにサッカーができなくなっても、お前は俺の最高の友達だ。
これからも、バカな話をして、一緒に笑っていたい。
「そこらじゅうに転がってる 幸せのかけらを集めよう」
お前といると、そんなささやかな幸せが、たくさん見つかる。
俺の分まで、サッカー、頑張ってくれ。
そして、俺は、どんな形になろうと、お前のことを応援し続ける。
それが、俺たちの友情だから。
悠斗より
健太に宛てた手紙は、まるで、俺自身の心に語りかけるようだった。
翼へ
次に、翼。病室で出会った、もう一人の大切な仲間。
翼へ
悠斗です。
この手紙、驚かせちゃったかな?
翼とは、同じ病室で、本当にたくさんの話をしたね。
俺は、病気になったことで、たくさんのものを失ったと思っていたけど、
翼と出会えたことは、俺にとって大きな「宝物」です。
翼が絵を描いている姿、本当に尊敬しているよ。
病気と闘いながらも、自分の夢を追いかける翼の姿に、俺はいつも勇気をもらっていた。
「未来は僕らを待っている」
翼がそう信じているから、俺も少しずつ、未来に希望が持てるようになった。
俺は、まだ、自分の夢をはっきりと見つけられていない。
でも、翼のように、何か熱中できるものを見つけたいと思っている。
俺が手術から帰ってきたら、また色々な話を聞かせてほしい。
翼の描く絵も、もっとたくさん見せてほしいな。
これからも、俺の最高の友達でいてください。
悠斗より
翼には、俺が絵を描くことを、心の底から応援していることを伝えたかった。
美咲へ
そして、美咲。淡い恋心を抱いている、優しくて強い女の子。
美咲へ
悠斗です。
突然の手紙、ごめんなさい。
美咲とは、病院で出会ったのに、いつも美咲が俺を明るい気持ちにしてくれた。
美咲の笑顔を見るたびに、俺は少しだけ元気になれたんだ。
美咲が、俺の手を握ってくれた時、あの温かさが、どれだけ俺を勇気づけてくれたか。
俺は、自分の病気のことを話すのが怖かった。弱さを見せるのが怖かった。
でも、美咲は、俺の言葉を、何も言わずに受け止めてくれた。
その優しさに、俺は救われた。
「がんばれ がんばれ」
美咲の声が、いつも俺の心の中で響いているよ。
俺は、まだ、美咲に自分の本当の気持ちを伝えきれていないかもしれない。
だけど、今、この手紙に込めているのは、感謝と、そして、美咲への…
「ラブレター」なんだ。
美咲は、いつも俺の憧れだった。
俺も、美咲みたいに、強く、優しい人間になりたい。
手術の結果がどうなっても、俺は美咲と、これからも一緒にいたい。
そして、いつか、俺の夢がどんな形になったとしても、美咲に一番に伝えたい。
手術が終わって、また美咲の笑顔に会えることを、心から楽しみにしています。
「君に会えたらいいな」
悠斗より
美咲への手紙は、一番時間がかかった。伝えたい気持ちが溢れすぎて、言葉を選ぶのが難しかったから。
手術、そして…
手紙を書き終え、俺はベッドに横になった。
明日、手術。どんな結果になろうと、
俺は俺の人生を生きる。
手術は、数時間にも及んだ。麻酔から覚めると、
体中に痛みが走った。
「悠斗くん、お疲れ様。手術は、うまくいったとは言えないけれど、悪くもなっていないよ。現状維持だ。」
医者の言葉に、俺は正直、落胆した。
良くなることを期待していたからだ。しかし、
完全に絶望するわけでもなかった。
学校へは行ける状態だという。それだけでも、
大きな収穫だった。
両親は、俺のベッドサイドで、安心したような、
しかし少し寂しそうな顔をしていた。
俺は、弱々しい声で「ありがとう」とだけ言った。
数日後、俺は車椅子に乗って、病室の外に出た。
翼と美咲が、待っていたかのように、
俺の前に現れた。
「悠斗くん、お帰り!」美咲が笑顔で言った。
翼も、「無理はしないでね」と、
優しい声で言った。
美咲と翼は、一時退院が決まっていた。
彼らの顔は、どこか晴れやかだった。
「悠斗くん、また会えるよね!」
美咲が言った。
「うん、会える。絶対会えるよ。」
俺は、精一杯の笑顔で答えた。
彼らと別れ、俺は空を見上げた。青い空が、
どこまでも広がっている。
「TRAIN-TRAIN 夢を乗せて」
俺の右手は、まだ、思うようには動かない。でも、この右手で、書いた手紙がある。
伝えたい言葉がある。そして、俺には、まだ、
夢がある。
「世界のまん中で生きていくために」
俺の夢は、形を変えるかもしれない。それでも、
俺は、俺の夢を、決して「行方不明」にはしない。
この病室から、俺の新しい旅が始まる。
俺は、まだ、走り続ける。
そして、いつか、この体で、この右手で、
新しい「ラブレター」を書く。
それは、きっと、希望に満ちた、俺の人生の歌になるだろう。
朝の光が待てなくて、眠れない夜もあった…。
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