第1話 我、かくのごとく生還せり①

 次の瞬間、女神の顔が「きょとん」とした表情を浮かべてこちらを見つめてくる。

 まあ、その気持ちはわからいでもない。

 なので、優しいあたしは、この世間知らずっぽいお顔の女神さまにもわかりやすいように、もう一度告げてあげることにした。

「謹んで、辞退申し上げますので、元の世界に戻していただきたく存じます、女神さま」

 ―え、あ、はい…って、えええええぇっ!?―

 おそらく女神さまにこんな声を上げさせたのはあたしが初めてではないだろうか。うむ、なかなかいい気分である。

「いやいやいや、ちょっと待ってください!これ、さっきまで完全にわたくしの手を取る流れでしたよね!?」

「なんだ、あんた普通に喋れるんじゃん。さっきまでの―あなたの心に直接語り掛けてます―みたいなのはなんだったのよ」

「そ…それはその、やっぱりほら、女神としてこう、威厳?みたいな?なんと言うか、神秘感?みたいなのを出したくって…」

 あ、なんかチョロいなこの女神。

 あたしの中のにしおかすみこ(2007年)が、ウォームアップを始めそうだわ。

「いや、そうじゃなくて!なんで断るんですか!こんな好条件のお話、そうそうないんですよっ!?」

 長い金髪を揺らしながら、ほっぺたを膨らませて女神があたしに詰め寄ってくる。ついでにひらひらの薄布に包まれたおっぱいもブルンブルン揺れる。

 いや、そういうお仕事には、必ずなんか裏があるもんでしょうが。

 …しかし、どうでもいいけど、この子清楚っぽい顔と雰囲気のクセに、着ている服が無駄にエロいな…。ひらっひらの薄布に、胸元なんかへそまで割れてんじゃん。丈も超短いし…、なんなんだろ?この子の世界ではこれが標準なのかな?

「ちょ、ちょっと?瑠美奈さん聞いてます?なんですか?わたくしの胸ばっかりじろじろ見て…」

「あ、気にしないで、あたし巨乳はゾーン外だから」

「ちょっと、それどういう意味ですかぁっ!」

 うむ、顔はいい感じだけど、あたしはスレンダー派なのだ。

 自分よりでっかい乳には興味はない。

「そんなことはどうでもいいんです!なんでうちに来るの断るんですか!こんなチャンス2度と無いかも知れないんですよ!?夢の異世界転生じゃないですか!」

 なんか、女神というより人事担当の人にヘッドハンティングされてるみたいな気分になってきたけど…。

 最初から気になってきたことを、あたしはぶつけてみることにする。

「ちょっと聞きたいんだけどさ、なんであたしなわけ?こうしてる間にも、世界にはいろんな人材が死んでるわけじゃない?なんでこう、有名なスポーツ選手とか、歴戦の傭兵とか、そういう戦闘に使えそうな人じゃなくて、普通のOLなあたしにしたのよ?」

 そう、世界では約30秒に1人の割合で人が死んでいる。その中にはあたしみたいな平凡な会社員以上に、戦える人材だっているだろう。

 それなのになぜあたしだったのか…。

「そ…、それは、そのぅ」

「何?ハッキリして」

 あたしの問いに女神はもごもごと口ごもる。

 この時点で既にもう、精神的な上下関係が成立しているようで心地いい。

「あ、あなたにはその、勇者としての大きな素質と言いますか…その、色々と選定理由がありまして…」

 えへへ…と、女神はどこか気まずそうな愛想笑いをその顔に浮かべる。

 そうしているとさらに童顔に磨きがかかり、ますますこちらのSっ気が刺激されてしまう。

 うん、この子は組みしやすいぞぅ。

「なるほど?つまりまあ、あたしに何か素質があって選ばれた。それは分かった」

「あ、はい!わかってもらえますか?」

「じゃあ聞くけど、あんた、あたしが、どうするつもりだったわけ?」

「えぅ、そ…それは…」

あたしの言葉に、女神ちゃんは思わず言葉を飲み込んでしまう。

そう、気になってたのはそこなのだ。あたしに素質があるのはいいとして、そのあたしが都合よく死ぬってことが、なんでわかったのか?

「それとも何?まさか…あたしが死んだのって、あんたが何か糸を引いていたとか…?」

「そそっ、そそそっ、そ、そぉんなことはっ!な、ないですよっ!ま、まさかそんな、女神たるわたしが、ベビーカーを細工して、転がり始めさせたなんて!…ぁ」

そこまで言って、女神ちゃんは慌てて自分の口を両手で押さえる。

なんとわかりやすく、なんとお約束な狼狽えようであろうか。

あまりの狼狽えぶりに、思わず笑いがこみ上げてきそうなのをグッと堪えて、あたしはじろりと女神ちゃんの青い瞳をのぞき込む。

「へぇ~…、そう?あんたが?ふぅぅぅぅぅん?ベビーカーをねぇ?」

あたしは目を細めてルク…なんとか言う女神の顔をじっと見つめる。

この女神、さっきから目を合わせようとしない。

「だだだ、だって、そんな都合よく異世界転生に適した人なんているわけないじゃないですかぁ!わた、わたしだって、色んな人を調べましたよ?でもでも、瑠美菜さん以上に適性がある人はいなかったんですよぅ!」

脂汗だらだら、お目目ぐるぐるになりながら、ルク子(めんどくさいからこう呼ぼう)は必死に弁明している。

あぁ、なんだか愉悦…。

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