異世界転生なんか死んでもするもんか!!
岡崎 桂
プロローグ
あたしは光の中を揺蕩っていた。
柔らかく、暖かな光。
全身を包む多幸感…ああ、この感覚にはどことなく覚えがある。
直感で、あたしは理解する。あたしは今、死んだのだと。
世界から切り離された意識が、ゆっくりと目を開くと、あたしの傍らには金髪の美しい女性が柔らかな笑みを湛えてこちらを見つめているのが見えた。
―瑠美奈―
女性の唇が動き、あたしの名を呼ぶ。
―その身をもって幼き命を救った、勇敢な魂の持ち主、あなたを待っていました―
その言葉であたしは思い出す。
そうだ、あたしは外回りの営業中に、坂道で転がりだしたベビ―カ―を止めに行ったときに…。
―そう、あなたはその時にトラックにはねられて命を落としました―
女性の桜色の唇が動き、囁きかける。
ああ…、これはあれだ、いわゆる例のアレってやつだ。
―なんだか、妙に落ち着いていません?―
「とりあえずもう死んじゃってるんでしょ?ジタバタしても仕方ないじゃない」
―それはそうなんですけど…、こちらとしても想定外というかなんというか…―
おそらく女神であろう女性は、こちらの返しに困惑気味だ。
こちらとしては、この程度の事態は想定してもらいたいものである。狼狽えて泣き喚きでもすればよかったのだろうか?
残念ながら、こちとら泰然自若をモットーとして生きてきたのだ、大体この後の展開にもすでに予想はついているのである。
―コホン。とにかく、わたくしはあなたのような人を待っていたのです。わが世界〝ノクタリエル〟を救うため、あなたの力をお貸しください―
両手を広げ、誘うように彼女はあたしに語り掛ける。
ああ、やっぱこれはそうだ。異世界に転生してなにがナニする例のやつだ。
きっとチートなスキルで無双したり、自分だけレベルがポンポン上がって「俺TUEEEEEE!」したり、脈絡もなく女の子からの好感度が爆上がりして、ハーレム状態になってウハウハしたりするんだ…。
あ、そういやパーティから追放されてからの、成り上がって元メンバーざまぁw的なパターンもあったっけ…。なんにせよ、もうこの辺りはほぼお約束になってるわよねぇ…。
―あの…聞いてます?なんか変に納得されたお顔をしてますけど…―
自分の想像に、うんうんと頷くあたしに、女神的な女性が不安を覚えたように問いかけてくる。
いやもう女神でいいか。このシチュでこの人が女神じゃなかったら、逆に驚くしね。
―そう、申し遅れました、わたくしは女神ルクレティア、ルクレティア=ミル=エテ…―
「あ、自己紹介はいいわ、大体察したから」
そう、大体状況は察している。これ以上は時間の無駄というものである。
あたしは自称女神の言葉を遮り、体勢を変えて彼女に正面から向かい合う。
幸い、着ているのは外回りに出た時と同じパンツスーツだ。遠慮なく足を崩して胡坐をかかせてもらう。
「つまりあれでしょ?こっからあんたの世界…つまり異世界転生して、魔王を倒せだのなんだの言うんでしょ?」
―あ、は…はい、随分と呑み込みがお早いのですね?―
「まあそりゃね、令和の時代にはそういうの、もう常識の範囲内だから。で?あたしにはどういうポストが用意されているわけ?」
そう、まずはここが大事だ。奴隷から成り上がれ。とか、仔虫から地下洞窟でひたすら戦い続けろ。とか、そういう過酷系はまっぴらごめんである。
転生するなら最初からチートでウハウハさせてもらわないと。
―は、はい、瑠美奈さんには新人の冒険者として、こちらの世界に転生していただきます。もちろん、すっごいスキルをプレゼントしますよっ!―
ふむふむ、なるほど、謎の新人冒険者がギルドで大活躍ってパターンね。ついでに可愛い受付嬢をナンパして、イチャコラしたりするわけだ。
ふむ、悪くない。
―お気に召していただけましたか?それでは、わたくしの手をお取りください。今からあなたは、有栖寺 瑠美奈ではなく、冒険者ルミナとして、新たな人生を歩むのです!―
女神があたしにその手を差し出す。
その手を取れば、平凡な日常も、退屈なお仕事ともオサラバして、心湧きたつような冒険の日々へと旅立てるのだ。
やわらかな笑みを浮かべる女神の顔を見つめ、あたしはにっこりと笑みを返す。
そしてハッキリと、よく通ると言われているその声であたしは…。
「だが断る。」
キッパリと、言いきった。
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