人よ、滅びよと神は言った

間川 レイ

第1話

世界なんて、滅びればいい。


そう、思った事はないだろうか。ある、という人はおめでとう。きっと私達は友達になれる。無いと言う人はさよならだ。


なんで、そう思うようになったか。なんて。いつから、そう願うようになったか、なんて。その質問に答える事は難しい。だって私は、物心ついたころにはそう願うようになっていたから。


でも、あえてきっかけを探すなら。友達だと信じていた子に押し倒されて、無理やり初めてを奪われたとき。あるいは、生みの母親が亡くなって。日に日に父親の言動が荒っぽくなって。しまいには毎日のように私を殴るようになった時。はたまた、継母ができたはいいけれど、その継母に、こんな子育てられんわといって、家を出て行かれたとき。きっかけを探そうというのなら、そんなもの、星の数ほどある。


それこそ、成績のこととか生活の態度とかで、えずくような勢いで毎日のように殴られて、ぼろきれのように転がって。髪を引っ張られて。髪をつかんで壁とか机に叩きつけられて。父親の手が動くたびに怯えていた私にとって、死なない理由を探すことのほうが難しかったから。


ところで、人生にはもしあの時ああしていれば、というIFがある。例えば、初めて継母にあった日に、きちんとママと呼べていれば。きっと継母とはもっといい関係が築けていたはずだった。継母が家に帰ってきてからも、本当の母子のように良好な関係を築けたかもしれなかった。


あるいは初めてを奪われたときだって。友達だと思ったからといって。この子なら私をわかってくれるかもしれないと思ったからといって。その子の家に入り浸ったりしなければ、そうはならなかったかもしれない。あるいは「なんかお前可愛く見えてきたわ」とか言って押し倒してきた時。もっと必死に抵抗していれば。もっと本気でやめてって叫んで。下着を脱がされても、もっと必死で抗えば。運が良ければ助かったかもしれない。


あるいははたまた両親のことだって。毎日毎日私のことをサンドバックと勘違いしているんじゃないかってぐらい殴りつけてくる父親。目が合っただけで親に向かってなんだその目つきはと殴り、おやすみと挨拶すればおやすみなさいだろうがこの馬鹿とさらに殴る。それはきっと、私の母を亡くし、立ち上げたばかりの事業もうまく行かなかったり、継母から私の悪い話ばかり聞いて精神的に弱ってたらかもしれないけれど。毎日のように私を殴った父親。顔を合わせば嫌味を言い、機嫌が悪ければ私の分だけ食事がなかったりした継母。


事あるごとに私の悪いところを妹や父親に吹き込んで。誰に似たんだかとか、あんな風になっちゃだめよというひそひそ話を耳にする毎日。そんな両親なんて、通報してしまって。おとなしく施設にでも入っていれば、また違った未来があったかもしれない。こんなにも苦しまずに済んだかもしれない。


でもそれは全て、もしもの話。「もしも」なんて起こらないから「もしも」なのだ。そんな未来は叶わない。決して来ないあり得たかもしれない未来。そんな未来は来ないから。そもそもを探すのなら、きっと生まれてきたことそのものこそが間違いなんだ、なんて思ってしまう。


それでも私には決して許せないものがいくつかある。


やめてって必死に何度も何度もそういったのに止めてくれなかった彼。ちょっといいなって思ってた彼。今でも胸を鷲掴みにされたときの感触とか、無理やりキスしてきた時の感触を覚えてる。舌を入れられたくなくて、必死に口を閉じていたこととか。下着を無理やりはがされたときの感触とか。身をよじって、腕を突っ張って、必死に抗おうとしたけれど、まるで抗えなくて。私を押さえつける力の強さに男の子なんだな、と実感したこととか。私は、この子の何を信じてしまったのだろうと思ったあの時とか。押し付けられたあの感触とか。なあ、いいやろ、なあと繰り返し言われて。いいわけないでしょって思って。


それでも私を押さえつける力は痛いぐらい強くって。何より私を見る目が堪らなく怖くって。もう、どうやっても抗えないってなった時。もう、どうなってもいいやと諦めてしまったあの時とか。もう、あんたの好きにしなよって。全部全部がどうでもよくて。荒い息を吐く彼も。感じる馬鹿みたいな痛みも。勝手に逃れようとうごめく私の身体も。まるで遠い世界の物事のように思えて。何より情けなくて。みじめで。何より私が受け入れたみたいで。堪らなく気持ちが悪くて。受け入れてしまった自分自身が。私が誘ったみたいな言い方をされるのが堪らなく不愉快で。それ以来人を好きになれたことがない。おかげで私の人生滅茶苦茶です、みたいな。


それに、何でうかうか男の子の家になんか上がったの。なんて病院で処置を受けた私に言った継母。毎日馬鹿みたいに殴られて。常に両親の顔色を窺って。怒らせないように、気分を害させないように。そう注意しながら会話して。相手が笑えば私も笑い、相手が怒ればそれに合わせて私も怒る。それでも毎日のように殴られて。時には家を追い出されて。雨が降っていても雪が降っていても。下着みたいな格好でも。そんな家。いつだって放課後は憂鬱で。だって家に帰らなきゃいけなかったから。そもそも帰りたい家なら、誰かの家に入り浸ったりはしません。みたいな。


そして、そんな辛さを訴えても誰も助けてくれなかった。先生も、友達も。周りの大人だって。両親の世間的な立場が立派だから。あの人たちがそんなことするわけないという思い込み。そんなことされる側に問題があるという思い込み。誰も誰も助けてくれなかった。そんなときに多少親身に相談に乗ってくれた彼を信じて、何が悪かったっていうの、みたいな。でも誰もがうかつだったね、としか言わなくって。


だから私は思うのだ。かつて神様はおっしゃった。産めよ、増えよ、地に満ちよ。でも、もういいでしょう。もう十分ではないですか。人は十分増えました。種族としての繁栄も謳歌しました。


でももう私はうんざりです。いつだって私はニコニコしているけれど、それは表面だけ。いつだって心は凪いでいる。冷え切っている。そんな状態で生きていくのは疲れました。


だからこそ私は心待ちにしている。神様が、人よ、滅びよといってくださるその日を。


いつまでも。いつまでも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人よ、滅びよと神は言った 間川 レイ @tsuyomasu0418

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ