第45話「媛巫女」
(紫暮様に御用かしら? ……紫暮様に?)
「あの……こちらは瀧澤 小三郎の家宅でございます。どういったご用件で……」
「大変失礼いたしました。わたし、媛巫女と申します。瀧澤様が龍人であることは承知しておりますのでご安心くださいね」
「媛巫女……」
思いがけぬ人物の登場に、花純は手に持っていた木桶と杓子を落としてしまう。
媛巫女が拾おうとしてくれたが、後ろに控える従者に阻止され、花純は受け取るときも狐につままれたみたいな顔になっていた。
(媛巫女って……嘘でしょう? この人が?)
「ほっ、蛍ちゃんを迎えにいらしたのですか!?」
くわっと必死めいた形相で媛巫女に詰め寄る。
切羽詰まった様子の花純に媛巫女は目を丸くし、苦笑いをして花純を落ちつけようと退いた。
「ええっと、おっしゃっていることがよくわかりませんが……。先日の西賀家と南条家に神前式の件でお話をお伺いしたく参りました」
「はっ……?」
どうも媛巫女に強烈な違和感を覚えてしまう。
蛍と聞いてこうも無反応なのは気味が悪い。
まるで自分を母親と認識していないような……。
よく見れば振袖を着ている時点で、媛巫女には子を産んだという認識そのものがないように見受けられた。
「ちょっとォ! いつまで水撒きしてるわけ!? さっさと朝餉の支度をしなさいよ!」
なかなか戻らないことで家の中から空腹に機嫌を悪くした梨亜奈が寄ってくる。
虫の居所が悪そうだと、媛巫女との間に挟まれ戸惑っていると、門を抜けた梨亜奈が媛巫女を見て目を見張った。
「媛巫女……!?」
「……あぁ、なるほど。あなたは龍人の梨亜奈様ですね」
「そ、そうだけど。何よ、媛巫女が出てくるとは大層な様子ね」
「えぇ、そうです。わたしが出なくてはならない事態と判断し、ここへ参りましたの」
梨亜奈は媛巫女にグッと怖気づくと、舌打ちをして屋敷の中へ戻ってしまう。
それをニコニコと笑顔で見送って、花純は板挟みから解放されて安堵の息を吐いた。
紫暮を好いており、ともにありたいと願いはするものの、やはり梨亜奈への罪悪感は消えてくれない。
多少は慣れてきても、梨亜奈に対して緊張をなくすことは出来なかった。
「あなたが南条 花純さんですか?」
「はっ……はい! 私が南条 花純で……」
「ではあなたが鬼子なのですね。龍人を惑わすほど力があるとは思えませんが……」
首を傾げて不思議そうに媛巫女は花純に手を伸ばす。
とっさに花純は腕を前に出して身を守ろうと、かかとに体重をかけて身を反った。
(何!?)
急に襲われ、花純は動揺して壁沿いまで後退する。
「鬼子は滅する! それがわたし、媛巫女の務め!!」
媛巫女は背中に担ぎ、巻いて隠した薙刀を手に構えをとる。
どうやら花純は鬼子だから”敵”とみなし、倒そうと気を張っているようだ。
争いを望まない花純は息を詰まらせ、じりじりと逃げる隙を伺って媛巫女と睨み合いになる。
ついに媛巫女が一歩を踏み出すと、逃れられない危機に花純は両腕を顔の前でクロスさせ、盾を作った。
すると手首からカッと眩い緑の光が広がり、媛巫女の指に静電気が走って動きを鈍らせる。
「その腕輪……」
花純の手首にはめられた翡翠の腕輪。
蛍から受け取ったものであり、おそらく媛巫女が元の所有者と思われる代物だ。
つまり目の前にいる媛巫女が元の持ち主だと、さっと後ろに手首を隠して焦燥感に足裏で砂利を擦った。
意表をつかれた媛巫女はしばらく呆然とし、困惑してあたりをキョロキョロ見回した。
「花純! なんの騒ぎだ!?」
今度は屋敷から紫暮が駆け寄ってくる。
いつもより戻りが遅く、さらに梨亜奈が何かしたと踏んで紫暮も黙っていられなくなったようだ。
焦った様子の紫暮の後ろには、八重歯を見せてイタズラに走る蛍がいた。
お手玉を投げられていると、おっかない光景に花純は青ざめてアタフタと両手を振り回す。
やけくそになった紫暮が蛍を抱き上げ、門を越えてあたりを一瞥した。
「……この女性は」
「ママ……」
蛍が手にもっていたお手玉を落としてしまう。
突如現れた媛巫女を「ママ」と呼んだ。
これで彼女が蛍の母親であることが確定した。
どういった経緯で楓と出会い、蛍を産むに至ったのか。
事が動き出すと生唾を飲みこむと、媛巫女は顔面蒼白になって足をふらつかせてしまう。
とっさに花純が媛巫女を支えるも、蛍はすでに媛巫女の足元に飛びついていた。
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