第四章「鬼であること。人としての生」
第44話「救われない想い」
神前式が中止になって一週間が経過した。
南条家がどうなったかも知らずに蛍とお手玉をして遊んでいたとき、その人は訪れた。
「孝成さん……」
玄関口となる門の前で孝成はカンカン帽を脱ぎ、深々と頭を下げた。
那波の案内で応接室に通され、中途半端に用意されただけの西洋のテーブルを挟んで向き合う。
「申し訳ございませんでした」
孝成の第一声は思わぬ謝罪だった。
まさか孝成がそのような行動をとるとは思ってもおらず、花純はうろたえて頭をあげるよう促した。
同席すると言って花純の左右を紫暮と蛍が腰かけ、三対一の配置に孝成の肩身は狭そうだ。
那波が出したお茶にも口をつけず、俯いたまま膝の上で拳を握り、やがて覚悟を決めたと息を吐いて花純と目を合わせた。
「式は行わず、久美子さんと籍を入れました。龍人を巻き込んだ事件です。白彦様は責任をとられて当主の座から退きました」
面倒ごとには極力関わらない。責任という名目の逃げだろう。
そうなると、南条家の現当主は孝成のものになったはず。
紫暮が現れなければ久美子はよろこんで孝成と婚姻を結んでいた。
美しい殿方への独占欲。
周りに誇示したいプライドの高さ。
そして何より、南条家を一人で支えてきた苦悩と鬱憤を刺激されてしまった。
平穏な夫婦生活となるはずだったのに、ちょっとしたことでこうも崩れてしまうのはいささか虚しいものがあった。
「そうですか。どうか、ご無理はなさらず。南条家にとっても、西賀家にとっても良い方向へ進むことを祈っております」
それ以上、かける言葉が見つからなかった。
すると孝成が立ち上がり、苦悩のにじむ顔を深く腰を折って隠してしまう。
唐突な行動からは孝成の苦境に立たされた状況を明確に示していた。
「僕は西賀家で落ちこぼれ扱いで、南条家の婿入りもただの政略結婚として受け入れていた」
西賀家の詳細は花純にはわからない。
なんとなくではあるが、孝成の立ち位置と花純の境遇は大して差がないのではないかと想像した。
「僕は……君が僕より辛い目に合っていることに安心してたんだ。……鬼子である君を見下して己の平穏を得ていた弱虫だった」
「孝成さ……」
「……申し訳、ございませんでした。ごめんなさい。本当に……」
自分を守るために誰かを下に見る。よくあることだ。
非を認めることは難しい。
このことで花純が傷ついていたわけでもないが、うら切ない気持ちを消しきれないのは、見知らぬ外の人だったから。
謝罪をする孝成に、花純は何も言葉を告げなかった。
孝成が南条家に戻る後ろ姿を見送って、花純は一つの別れを身をもって痛感した。
***
夏も終わりに近づいて、セミの鳴き声も数が減ってきたと感じる頃。
「紫暮様! せっかく地上にいるのですからデートしましょう! アタシ、あいすくり~むが食べたいわ!」
「…………」
瀧澤家の屋敷に梨亜奈が居つき、毎日せっせと紫暮に求愛を示している。
心と身体の反応が合致しないようで、紫暮は時折尾を反応させながらも煙たそうに眉間にシワを寄せていた。
あれから花純に対して番の反応を見せない。
本当に花純はニセモノで、鬼の誘惑とやらの効力だったのだと、心にぽっかり穴が空いた気持ちになっていた。
朝起きて、玄関前に水撒きとして地面の熱を冷ます。
最初は蛍もせっせと楽しんで水撒きをしていたが、段々といい子ぶるのはやめてめんどくさいと逃げるようになった。
見捨てることはない安心感からと思えばかわいいものだが、このままでは成長の妨げになるかもしれないと、水を撒きながら頭を悩ませる。
子育てに関して知識を持つ者が残念ながらこの場にはおらず、同時に楓がまともに子どもの面倒をみれるとも思えずに八方塞がりとなった。
(蛍ちゃんのお母さんはどれくらい育児をしていたのかな?)
幼いわりに気持ちを押し殺すことを覚えすぎている蛍。
どんな風に成長してきたのか、気になりはするものの答えを得ることは出来ない。
ふと、手首にはめた翡翠の腕輪に視線を落とす。
そういえばこの腕輪には守りの力がこめられているようで、神前式の際もなんだかんだで久美子の攻撃は回避できたことを思い出した。
「――もし」
チリン、と鈴の揺れる音がした。
直後に竪琴にでも合いそうな透きとおる声が水撒きをしていた花純にかかる。
「こちらは瀧澤 紫暮様のお宅でお間違いないですか?」
「えっ……は、はい……」
振り返った先にいたのは藤の振袖をまとった清楚な顔立ちの女性。
その一歩後ろに顔を半分隠した護衛の男性が一人。
一見しただけでわかる清らかな空気と、高貴な雰囲気に花純は気後れして後ずさった。
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