第5話「南条家へ縁談話」

久美子に引っ張られる孝成。

玄関口に回ろうとして、花純とすれ違う。


人はすぐに手のひらを返す。

信用しても裏切られるだけならばすべて自分で対処すると、花純は空を仰いで長く息を吐いた。


「蛍ちゃん。私まだお掃除が残っているから、一緒についてきてくれる?」


三歳はまだまだ幼い。

少し目を離せばふらりとどこかへいなくなってしまう。


目の行き届く場所で面倒をみたいと、使用人のお務めをこなしながらやりくりした。


子育ての経験もない花純が、弟の子どもを守るために必死になって駆けまわる。


まさにてんてこまいな状態だが、誰にも助けを求められないとわかりきっているので弱い言葉は不要と飲み込んだ。


蛍を守れるのは花純しかいないと言い聞かせ、雨上がりの空を睨みつけて前へ進むことを選んだ。


***


日が暮れる前に孝成は帰宅し、花純は夕餉の支度に追われていた。

台所には蛍もいるが、気にかける余裕もなくせっせと小皿に料理を盛って御膳に並べていく。


「花純さん! さっさと運んでおくれ!」

「はいっ!」


何十年と南条家に仕える使用人のトメに指示され、御膳に並べられた料理を崩さないよう慎重に運ぶ。


巫女の家系は、特に食事には気を使わなくてはならない。

御膳の配置、食べる順番、季節のものを取り入れて毎日の食事をいただく。


これでも簡略化された方だが、トメと花純だけではなかなか手が追いつかない。


花純も調理に関わることが出来ればいいのだが、鬼子が触れては穢れるという理由で下準備と後片付けをメインに行っていた。


「失礼します」


夕餉の時間になり、当主の白彦と奥方、久美子が御膳にのった料理を黙々と食べ始める。


御膳に置ききれない小皿を、食事の経過をみて取り替え、空いた食器をさげていくのが花純の役目だ。


財政難で廃れてきたとはいえ、歴史ある巫女の家系。

お役目を果たす機会が減っていたとしても、形だけは保とうと徹底していた。


(うぅ……、肩いたいなぁ。片付け終わったら早めに休もう……)


慣れない子育てで疲れもあるのかもしれない。

たしかジャガイモが余っていたから蒸かして食べようと考えながら、隙をみて残り物を腹に詰め込んだ。


(おいしい。……もっと食べたいけど)


これ以上は、トメに見つかる可能性がある。

いったんは見つからずに済んだと安堵し、今日は早めに切り上げようと考え、御膳をさげた後の誰もいないはずの畳の間に戻った。


「花純。そこに座りなさい」


襖を開くと、いつもならいないはずの白彦と奥方、そして久美子が座していた。


どうやら花純を交えた話があるようで、鋭い軽蔑の眼差しが突き刺さる。


蛍はどうしようかと戸惑っていると、どうやらトメが相手をするようで大股に蛍を引っぱって奥へ引っ込んでしまった。


心配でたまらないが、白彦の命となれば花純に断る術はない。

おとなしく襖を閉じ、久美子たちとは一歩引いた場所に正座をして白彦と向き合った。


四隅に配した行燈の火が揺れる。


「久美子の縁談がまとまった」


白彦の言葉に花純の心臓が大きく跳ねた。


唐突な話にそっと久美子に伺いの視線を向けると、久美子は勝ち誇ったように口元を歪めていた。


吉報ではあるが、わざわざ花純を引き止めて話すのは妙だ。


花純は南条家の者だが、鬼の血を引いているがために使用人として扱われている。

南条家の身内話に呼ばれるはずがないのにと、おそるおそる白彦に視線を戻す。


「それは……喜ばしいことです。お……お相手は……?」

「西賀家の孝成くんだ。西賀にはすでに長子が跡継ぎとして決まっているからな。孝成くんには婿養子として来てもらうことになった」


それで先ほどまで孝成が来ていたわけだと納得するも、やはり腑に落ちない。


花純を南条家として扱ったことがないくせに、わざわざ言いわけの効かないよう対面で話すのはなぜか。


嫌な予感がする……と額に汗を伝わせると、予想は当たるもので、白彦が調子良さそうに次の話に切り替えた。


「花純。お前にも縁談がきている」

「わっ、私にですか?」


そんなはずはない。南条家の血を引いていても花純は鬼子であり、外に伏せられた化け物だ。


南条家は母・綾芽を”鬼と子を設けた愚か者”として家系図から抹消しようとさえしていたのだから……。

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