第4話「間接と直接」

***


お昼時になると雨は止み、瓦屋根からポツポツと雫が落ちる程度になった。

花純はたすきを利用して着物の袖をまくりあげると、眠ったままの蛍を抱きあげる。


(おもっ……)


さすがに推定三歳の子どもだと、抱きあげるのは限度があるようだ。

だいたい米一斗(約十五キロ)といったところだろうか。


鬼子で腕力に自信のある花純でもこれは無理だと音を上げた。


花純は鬼子のため、一般的な女性よりは強い身体だが、そうは言っても人の身。


「腰いた……」


立ったり屈んだりを繰り返すと身体のあちこちが痛くなる。


「ん……」

「あっ……ごめんね、蛍ちゃん。起きれる?」


眉をひそめて蛍は身体を起こし、目元を擦りながら頷いた。


寝たことで気持ちが落ちついたようで、一安心。

花純は戸口まで駆けると空気の入れ替えをはじめた。


その間に蛍は一人で着物を手に取り、もたもたと着付けだす。

まだ三歳の幼子に着付けは難しく、帯紐を手にその場でぐるぐる回りだす蛍につい笑ってしまった。



蛍の着付けが終わると、手を引いて母屋に向かう。


親代わりとして蛍の面倒をみるのが務めだが、使用人として課せられた業務に上乗せの話である。


蛍につられてゆっくりしてしまったと、花純は慌ただしく縁側の掃除と窓ふきをはじめた。


雨上がりの重たいグレーの空。

晴れやかな青空と、直視できない白い太陽の光が恋しくなる。


雨がやんでよかったと安堵していると――ジャリ、と下駄で砂利をする音がし、花純は目を丸くして振り返った。


「! 花純さん……」

「孝成さん……」


音のした方へ顔をむけると、そこには厚手の黒い外套を羽織った青年がいた。


頭にかぶっていた帽子をおろすが、花純に名前を呼ばれるときまり悪そうに目を反らす。


孝成は南条家と同じ巫女の家系・西賀家の次男だ。


二年前から月に一回のペースで南条家に訪れており、最初はよく会話をしたと懐かしさにもの切ない気持ちがこみ上げてくる。


”鬼子”だと知られた途端、孝成から避けられるようになっていた。


こうして鉢合わせてしまうと、互いにどのような態度を取ればよいのか迷ってしまい、気まずさに肌がひりついてしまう。


「孝成さん!」


ハツラツとした艶めく声。

玄関口から裏庭へ、目をキラキラさせた久美子が手を振って駆けてくる。


一途に孝成を見つめていたが、足を止めようとした瞬間、土のぬかるみに足をとられてしまう。


とっさに孝成が抱きとめると、久美子はキラキラと恋する少女の顔を作って微笑みを返していた。


「ありがとうございます、孝成さん」

「転ばなくてよかった。せっかくのキレイな着物が台無しになってしまう」


久美子が着用する矢絣柄模様の着物も巷で流行の柄だ。


華やかではあるが、金遣いは荒い。

とはいえ、久美子の美意識の高さと巫女としてのプライドはつり合いが取れている。


唯一の直系の巫女として久美子は務めを果たしており、煌びやかに物事をこなす姿には同性の取り巻きができるほど。


それくらい、人を惹きつける魅力的な久美子を花純は遠く見つめるばかりだった。


(私、みすぼらしいな。……仕方ない。鬼子だから)


「あら、いたの?」


久美子が尻目に花純を一瞥し、袖で口元を隠して嘲笑する。


裾の汚れた小袖に、着倒してほつれた袖。

一つにくくっていた長い髪は乱れ、汗ばんだ頬にべったりとくっついていた。


気恥ずかしさに目を反らして髪を耳にかけ直すと、花純のそばにいた蛍が物陰に隠れてしまう。


びくびくする小さな存在に久美子は眉根を寄せて苦々しい顔をした。


「久美子さん。あの子どもは……」


前回、孝成が南条家に訪れたのはひと月前のことなので蛍はまだいなかった。


涙目に怯える姿に孝成が違和感を抱いていると、久美子は孝成の腕に抱きついて柔く微笑みかける。


「気にしなくていいわ、孝成さん」

「いや、でも……」

「いいの。……どこかの愚か者が作った鬼なのよ。関わるのはよして」

「……そう。うん、わかったよ」


うろたえる孝成だが、他人の家に口を突っ込むものではないと言葉を飲みこむ。


誰も蛍を人として扱わない。

間接的に、だけど言葉は直接的。


”鬼子”と呼ばれるたびに蛍は傷つき、それに久美子は満足そうに口角を緩めていた。

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