第三章 癒しの香りは、過去と未来をつなぐ

第13話 【夢香】が導く静かなる夜の為に

 ダンガルさんとエドワードさんの会話を、夜中に響く子供たちの泣き声に気付いて思い出した。


 

『悪夢に魘されているこの街の連中が……少しでも楽になってくれると良いんだがな』

『悪夢に魘される……と言うと、街全体が……かしら?』

『実際、辺境伯の元に届く要望でも、夜眠れない、夜泣きが酷い、街の住人は常に不眠に悩まされている……と言う情報がある』



 その言葉通り、夜中になると子供たちの泣き声が街を包み込むように聞こえる。

 これでは、親も子も耐えられないわ。

 私は着替えを済ませ、フード付きのコートを羽織ると外に出た。

 あちらこちらから聞こえる夜泣きの声。

 それでも、街の中心部はマシなようで、お香の力で浄化されているからだと分かった。

 けれど、これが毎晩では親も子も持たないし、家庭環境が心配だわ。

 それならば、私に出来ることはただひとつ。

 タウンハウスに戻り、コートを置くと【夢香むこう】を作り始めた。

 各子どものいる家にお試しでも届ける為でもあるし、気休めでも休める日があれば、それに越したことはないもの。


 夢香むこうの材料はとてもシンプル。

 だから大量生産が出来ることも魅力のひとつだった。

 ダンガルさん夫婦に出した香りも夢香で、そっちは「ベルガモット」を使用したけれど、他にも「ラベンダー」や「カモミール」からも作ることが出来る。

 三種類の香りの夢香を作り、それをひとつはセットで渡せるように。

 それとは別に、匂い袋用に作り、香りが焚けない、赤ちゃん等の枕元に置けるようにした。

 

 私は「調香スキル」が高いから、スキルを使って花や果物をお香に変えるだけのスキルを持っているけれど、マーヤ様曰く、同じ調香師からみてもその精密度たるやずば抜けているらしいわ。

 調香をする間、花や果実の香りはふわっと感じ、一瞬眠くなることもあった。

 いけない。気をつけないと。

 

 深夜から始めた作業は、気づけば朝になっていて、目は少ししょぼつくけれど……気分はいい。

 背伸びをしながらあくびをした瞬間、軽いノックと共に扉が開き、無防備な姿をエドワード様に見られてしまった――。

 慌てて身なりを整え、淑女の礼をとる。



「お見苦しい所をお見せしました」

「いや、実に豪快な背伸びだったね。眠っていないのかい?」

「ええ、夜に夜泣きが気になって街に出たんです」

「なっ⁉ 夜中にひとりでかい⁉」

「え? そうですけど?」

「女性ひとりで夜の街を歩くなんて危険だ!」

「とは申されましても、この街に巣食う毒霧のせいで、沢山のお宅で不眠が発生している理由を突き止めたんです。それは――きです」

?」



 思わぬ回答だったかしら?

 エドワード様は暫く考え込んだ素振りをすると、「続けて」と口になり、私は言葉を続けた。



「幼い子供たちが夜、毒霧のせいで悪夢を見ているのでしょう。小さい赤ちゃんから、子供の声まで幅広く、夜泣きの声が街中に響いていました。唯一声が少なかったのは、香炉塔がある中心部だけですわ」

「なんてことだ……。今ダンガルに急ぎ香炉を作らせているが、出来上がり次第運んでお香を焚き始めたほうが良さそうだ」

「それが宜しいかと」

「ありがとうアメリア嬢。これでひとつ、また街が救える」

「気になりましたら調べないと気がすまない体質で……危険を冒してしまい、申し訳ありませんでしたわ」

「いや、本来こういうことは私たちの役目だ。礼を言う。ただし、今後はもっと気をつけてくれ」



 釘を刺された形だったけれど、エドワード様はいつものように香炉塔用のお香を受け取り、代金を支払ってくださった。

 さらに今日もまた、新たな香材を手に持って――。

 本当に申し訳ないと思うと同時に、香りにとても精通している、もしくは調鹿に、私はとても好感が持てていた。



「今日はこの樹液の塊を。試してみてほしい」

「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

「エルメンテスは香木や樹液、花の宝庫。思う存分活用してくれ」

「ありがとうございます。必ずや領地のお役に立ってみせますわ」

「では、名残惜しいけどそろそろ行くよ。また後で顔を見に来る」

 


 お香を従者に持たせ、エドワード様は屋敷へと戻っていった。

 さて、問題はこの沢山作ったお香セットと匂い袋を配る事。

 どうしようかしら……と悩んでいると、常連客のハンナさんがお越しになった。

 机いっぱいにある袋に驚きつつも、私が事情を説明すると――。



「なるほど、お子さんのいるご家庭にお香を配りたいんだね?」

「ええ、でもどのお宅にあるのか分からなくて」

「それならアタシに任せな! いい案があるよ」

「と、申しますと?」

「こういうのはね、地道な作業なんだよ。ひとりでするより、ふたりでしたほうが早いだろう?」



 お茶目に笑うハンナさんに深々と頭を下げ、ふたりでお香と香り袋を配ることになった。

 ハンナさんの手腕は、それは凄いもので……。

 あっという間に子供さんや赤ちゃんがいるご家庭に、あれだけあったお香と香り袋が的確に手渡されたのよ。



「ハンナさん凄いわ……」

「そうかい? 昔取った杵柄ってね」

「何かありましたの?」

「ふふ、内緒。 でも、役に立っただろう?」

「はい!」

「後は数日、本当に数日かも知れないけど……夜泣きが少しでも収まるといいねぇ」

 


 こうして私達はタウンハウスへ帰り、ハンナさんに今日手伝ってくれたお礼にと、今日の分のお香はサービスしたのだけれど、ハンナさんは「気にしなくていいのに」と笑って受け取ってくれた。

 そして、ハンナさんが帰ると同時に入ってきたのは――エドワード様だった。

 

 

「朝も思ったけれど、この香りはとても心を落ち着かせるな」

「ええ、夢香むこうにはそうした作用がありますの」

「君の香りが、子供たちや親御さんたちに届くといいな」

「寝れないのは辛いもの。攻撃的になるしイライラするし、そんな生活なんて誰も望んでいないでしょう」

「……まったくそのとおりだね」

「赤ちゃんや小さな子供のいるご家庭には、配達という形で香りを届けました。しばらくはエルメンテスを巡る予定です」

「手伝えたらいいのだが……」

「エドワード様には領主としてのお仕事もありますから」



 笑顔で伝えると、彼は「うっ」と顔を引き攣らせていたけれど、従者の方が咳き込んでいたあたり、少々疎かになっていたのかしら?



「エドワード様……?」

「しっかり、領主の仕事もしているよ。それと並行して、君の香りが街をどう救っているのか……見届けたいんだ」

「そういうことでしたら……」

「俺は君の香りを、君の調香を信じている」

「……ありがとうございます」



 自分の誇りである調香を信じていると言われては何も言えないわ。

 胸を張り、真っ直ぐエドワード様を見つめてから深くお辞儀した。

 

 ――そうよ、アメリア。

 胸を張って行こう。まだ私にやれる事は沢山あるわ。


 そう自分に言い聞かせて前を向いたとき、エドワード様は私に微笑みかけてくれたのだった。






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