第12話 私は実家のことを少しだけ思い出す……

 香炉塔に香りを焚き始めてからは、毎日エドワード様のお屋敷から人が来てはお香を持っていってくれる。

 その際には代金もしっかり払ってくれる為、生活はやっと成り立ってたと言う感じだわ。

 お金がないとなにかとキツイものね。

 それでも、祖父のおかげで貯金があり、苦しいと言う生活はしていないのだけれど。

 


「アメリア様。こちら、エドワード様からです」

「またですか? 毎回、本当に恐縮ですわ」

「エルメンテスはお香に使う植物や香木こうぼくの産地ですから。お受け取りください」



 今日もエドワード様から香木こうぼくを頂いた。

 けれど、その香木の香りを嗅いだ瞬間――懐かしい記憶が、ふわりと蘇った。

 ドアを閉めて香木の香りを嗅ぐと……ああ、これは実家で使っていた香木だわ。



「この香木……母が好んで使っていたものに似ている」

「おや、またエドワード様からかい?」

「ええ」



 最早店の常連となったハンナさんに語りつつ、店のカウンターに香木を置くと、その香りに母との懐かしさを感じて胸がいっぱいになる。

 けれど、同時に私が受けた心無い言葉の数々も……。



「アメリアちゃん?」

「……この香木、母がよく使っていたんです。でも……義母はその香りを〝古臭い〟と笑って馬鹿にした」

「まぁ……ひどいね。調香師の仕事をしている家に、そんな義母や義妹がくるなんて、なんて不幸だろうね」

「ええ……。婿入りした父が他所で作ってきたんです」

「え⁉」

「今は、家を義妹が継ぐそうですわ」

「待って待って、それって……」

「ええ、いずれ問題になるでしょうね。父も……本当に勝手な人でした」



 慌てるハンナさんに呆れつつも、少しだけ心がチクリとした。

 でも、もうそれは過去のこと――そう言い聞かせて口に出すと、ハンナさんは「どうしようかねぇ」とぽつりと呟いた。



「アメリアちゃん、その話本当なのかい?」

「ええ。私は追放されましたし」

「そういえば、前に聞いたっけ……。ん! ここは一肌脱ごうかねぇ?」

「え?」

「なに、悪いようにはしないさ。アメリアちゃんにはね?」

「はぁ……?」

「ふふ。アタシだって、のひとつやふたつ、あるのさ」


 

 豪快に笑うハンナさんに、何を考えているのかは聞かなかった。

 私にとって悪い話でなければ、それで十分だもの。


 愛想笑いつつも、受け取った香木を撫でる。

 懐かしい香りをそのままに、母との思いでも蘇る。


 ああ、優しいくも品のある香り……懐かしいわ……お母様。

 お母様がいらっしゃった頃は、あんな辛い日々なんて無かったのに――。


 心を、自分を強く保たなければ、あの家では生きていけなかった。

 義母を母とは呼びたくなかった。

 義母も義妹も、香木こうぼく等を「古臭くて邪魔なものばかりね」と馬鹿にした。

 お香のひとつも嗅げない、あの化粧臭い女たちは、ダグリストの名には相応しくない。


 父は、元々調香師を馬鹿にしている節があった。

 だから母とも仲が悪かったんだわ。

 そうでなければ、あんな女を選びはしなかったでしょう。



「でも、この香木はありがたいわ。神経痛にも聞くし、自律神経も落ち着かせる、結構有能な香木なんです。ハンナさんのお香にも使っていますよ」

「まぁ、そうなのかい?」

「あの家では否定された香りが、今は人を癒している……そう思うと、不思議ね」

「ギャフンと言わせてやらないと、気がすまないね!」

「まぁ! ふふふ!」



 ハンナさんの言葉に笑いつつも、香りは私の心を癒やしてくれる。

雨香うこう】が〝盾〟としての香りなら、この香木の香りは〝癒やし〟の香り。

 私の深く傷ついた心を癒やす――母の香りルビを入力…


 ――ありがとうエドワード様。

 また一歩、前に進めるわ。



「さて、調香してハンナさんのお香を作らないといけないわね!」

「アメリアちゃんのスキルの調香を見ていると、何とも優しい気持ちになって、香りも気持ちよくて……本当に素晴らしいスキルだね」

「最初は本当に苦労しましたのよ? でも、負けたくなくて、必死に腕を磨いたんです」

「それは……その義母と義妹に、負けたくなかったからかい?」



 思いがけない問いに一瞬驚いたけれど――私は強気に微笑み、こう答えた。



「私は調香師ですわ。香りで戦うのが、調香師ですもの」






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