第16話バーベキュー
皇帝の執務室に四人の人間が座っている。
そう意識したわけではなかろうが、四人は等間隔に正四角形を作り、一人は笑顔、一人は不機嫌な顔をし、一人は悲嘆に暮れ、一人は無表情。
笑顔なのは帝国国家魔術師序列第二位『顎割れ』のジョー・レイ・ランズデール。
不機嫌なのは皇帝。
悲嘆に暮れているのは末の姫ウシャルミナ。
無表情なのは皇帝の甥であり帝国国家魔術師序列第三位『血殺し』のウッドストック・デラ・スヌープドックス。
「メイドが殺されたのですよ!! わたくしの!! わたくしのメイドが!!」
最初に口を開いたのは末の姫ウシャルミナであった。
父親である皇帝に向かい、叫ぶように、責め立てるように。
皇帝は少しだけ眉間の皺を深くし、
「あれに手を出すなと言っておっただろうが、バカめ」
と、冷たく言い放つ。
その言葉をきいた末の姫は泣き崩れる。
その姿を嫌な顔をしながら見て、皇帝は『血殺し』に顔を向ける。
「ウッドストック、あの詩学者を殺せるか?」
と、きいた。
「無理でしょう、あの使い魔を殺せるものがこの世にいるとは思えません」
無表情でそう答える『血殺し』。
「それほどか?」
皇帝が『顎割れ』にきく。
「あれは魔王どころの話しではありませんよ。さすが『最高傑作』、呼び出す使い魔も規格外ですね」
にこやかにそう答える。
皇帝の顔により不機嫌が浮かぶ。
「あの女だけでも持て余しているのに、その上詩学使いに、最強の使い魔か、この世界は魔王がいたほうが平穏だったのではないか?」
皮肉気にそう言い放つと、皇帝は苛立ちによりコツコツコツコツ踵を踏み鳴らしてしまう。
「とりあえず、詩学使いは監視、こちらから刺激するな。叔父上とウッドストックでアレの活動をできるだけ抑制し、絶対民間にアレの作品を流すことだけは阻止しろ。こんなものが外に出たら、皇帝制度すらひっくり返るぞ!!」
皇帝は一枚の紙をテーブルに叩きつける。
それは詩学者アシモフが末の姫に乞われ書いた詩の一編。
「これがどこかに出ていれば、庶民はウシャルミナに憐れみの目を向け、皇族解体に動いてもおかしくないぞ!! 皇族解体なんてものになって見ろ!! 私の首はギロチンでスッ飛ぶわ!! あいつは! あの詩学者は私を殺す気なのか!?」
「アシモフ先生はそこまで考えてないでしょう。ただただ、ウシャルミナ姫のために、一番価値ある詩を書いただけ」
無表情に『血殺し』がそう言うと、
「なお質が悪いわ!!」
と、皇帝は叫び、詩の書かれた紙を何度も手のひらで叩く。
「ウッドストック、あれに近づくクソ共は全員殺せ、これ以上私の首に死の香りを纏わせるな」
皇帝にそう言われた『血殺し』は横目で、父親を睨みつけている末の姫を見る。
「それは私の方で処理する」
皇帝はそう言い、蠅を振り払うように手で出て行けと合図する。
甥である『血殺し』と、末の姫ウシャルミナ、『顎割れ』が立ち去ろうとすると、
「『顎割れ』、残れ」
と、皇帝は言い、『血殺し』と末の姫が出て行き、『顎割れ』だけが残った。
「『血殺し』は詩学者に心酔している。アレはもう使えん、叔父上も同じだ。あの詩学者は毒だ、その毒は周りの人間を腐らせていく。お前があの毒を大学の端の端に隔離しろ。外に出すな。分かったな」
皇帝がそう言うと、中性的なエルフは張り付いた笑顔のまま、ゆっくりと腰を折る。
「陛下の御心のままに」
◇◇◇◇
吾輩は研究室の窓の前にごろりと寝転がり、窓の外に現れた『血殺し』の使い魔である真っ黒なハゲタカと、エルフの使い魔である鼠に報告を受ける。
なるほど、皇帝は飼い主をこの研究室から出したくないらしい。飼い主もこの研究室から出たくないので、相思相愛、良い事である。
新しい学院長は、研究費以外に、使途を問わない補助費を月四千ダラー付けてくれた。
これやるから、もう二度と横領はするなと言うことだろう。
給料が上がり、補助費まで自由に使えるようになり、飼い主はこの世の春かと涙を流し、小躍りして喜んだ。
それに加え、研究室にあった飼い主が翻訳した講談本を読んだ虎頭の前公爵から、仕事として、
「面白い物があればを翻訳してくれんかの?」
と、言われ、講談本の人気作『桂市兵衛物語』の翻訳をしている。本の完成とともに、それなりの金が入るだろうから、ウハウハだろう。
ボバリー夫人からも、少なくない授業料をもらい、借金の返済と虎頭の前公爵への給金、おやつ、果物を気ままに買い、昼の学食代を払っても金がまだ余る状況になった飼い主が、何を考えたか、バーベキューセットを購入、研究室がある第三十七号館の裏で、生徒二人と、虎頭の前公爵、虎頭のメイド、ボバリー夫人、家から年老いたメイドと小太りなメイド、そして飼い主のつがいを呼び、肉を焼き出した。
呼ばれた全員が飼い主の奇行に面食らったが、皿を渡され肉を乗せられ、食べるように強要され、モグモグ肉を食らう。
飼い主はワインをラッパで飲み、ハイテンションで肉を焼き、食らい、すぐに寝た。
集まった面々は、酔っ払い寝転がった、飼い主を見て、何とも言えない顔になり、もそもそ肉を食い、野菜を食い、食材がなくなり次第流れ解散となった。
飼い主はつがいの胸に抱かれ、家路につくようなので、吾輩はちょっと行くところがあるので別行動をとる。
三十七号館から中庭を歩き、食堂横を抜け、大学で一番大きな建物である一号館、神聖魔法専攻。この神聖魔法専攻、この大学は前進が『国立魔法学院』なので、その名残か、一番生徒数が多く、一番の花形である。
一番の花形なので、一号館の中には生徒でごったがえっている。
生徒の足元をスルスルよけながら、一つの研究室の前で立ち止まる。
鼠よ、ドアを開けい。
ジュウ。
鼠の声がして、ゆっくりドアが開く。
「コラ、チム、勝手にドアを開けてはいけないよ」
中からエルフの声がきこえる。
吾輩が尻尾の先だけをゆったりと振りながら、部屋の中に入っていくと、中性的なエルフが固まる。
「チムを操っているのかい?」
違う違う、友達になっただけだ。
「チム、友達は選ぼうね」
吾輩は悠々と部屋の中、一番日当たりが良い床まで歩き、ころりと寝転がる。
エルフよ、もし、飼い主が家庭教師をしているボバリー夫人や翻訳を頼んでいる虎頭の前公爵に危害が行くようなら、お前が止めよ。分かったな?
「なぜ? 君がやればいいのでは? 君にはソレだけの力があるのでしょう?」
面倒だ、それに吾輩は暇ではない。
昼寝もしなければならぬ、煮干しもつつけねばならぬ、できるだけ日の光が当たりたいし、飼い主の話しもきいてやらねばならぬ。
夜には飼い主に抱きしめられ、ゆるゆる死にも似た、深く深く落ちていくような惰眠を貪らねばならぬ。
お前がやれ、これはお願いではないぞ。
鼠は吾輩の友達だが、お前は違う。
分かるな?
エルフが頷くのを見て、鼠を呼び、ドアを開けてくれた礼に鼻先を鼻先で擦ってやる。
それでは、また。
吾輩が部屋を出ると、鼠がドアを閉めてくれた。
急いで家に帰ろう。
今日は年老いたメイドが大きな魚の骨をオーブンで焼いてくれると言っていた。
朝から楽しみにしていたのだ。
この体は不便が多い代わりに、楽しみも多い。
無駄な時間はないのだ。
殺す殺されるなど、無駄だ。
人間は無駄が好きだが、吾輩は焼いた骨のほうが好きなのである。
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