第15話為政者の資格


 新市街の中にあるホテルのスイート。


 飼い主を警邏から救った皇帝の末の娘、確かウシャルミナとか言った姫が、ソファーに座り、その対面に、飼い主が座る。


「大丈夫ですわアシモフ先生、わたくしと共に居る限り、警邏は手を出せませんの」


 ニコニコ無邪気に笑う末の姫は、メイドに命じ、飼い主にお茶とお茶うけの菓子を出す。


 菓子を口に放りこみ、飼い主は、


「大学、首かな……」


 と、落ち込んでいる。


 飼い主を首にするなら、他にも首になる講師や職員は多かろう。


 はっきり言って、大学は腐敗している。


 特に魔法関係の、昔からある権威が強い学部や学科は、腐敗がひどい。


 なぜ今まで飼い主が横領をしていても、お目こぼしされていたのか。それは飼い主をしょっ引くと、芋づる式に、トンでもない横領が発覚してしまうからだ。


 例えば大学がまだ「国立魔法学院」だったころから在籍し、甘い蜜を吸い続けてきた前学院長などはいくら自分の腹の中に研究費を飲み込んでいるか分かったもんではない。


 学院長が変わり、改革が行われるにしても、こんな小物の、こんな少額横領の飼い主から挙げるのはおかしい。


 ニコニコ無邪気に笑う末の姫。


 つまりはそう言うことなのだろう。


 自分でマッチを擦って、自分でポンプを使い消す。


 本当に人間は浅はかで、面白い。


 吾輩は飼い主のローブの中に隠れている、新学長になったエルフの使い魔に目で合図する。


 ここにエルフを連れて来いと。


 ガタガタ震える鼠の使い魔は、朝、飼い主とエルフが並んで歩いたときに、あのエルフが、飼い主のローブに仕込んだものだ。


 虎頭の前公爵、皇帝の甥で国家魔術師序列第三位『血殺し』、聖国の〃聖女〃。もう何人も飼い主の動向を監視しているので、鼠が一匹増えたところでと、気にしていなかったが、何気に役に立った。


 鼠の体の周りに水蒸気を集め、光の屈折を混乱させると、人の目に鼠は映らなくなり、その間に鼠はドアの下の隙間を潜り抜け走り去った。


「先生? 先生の授業は詩学なのに、詩のお話しはしないの?」


 末の姫が、ニコニコ顔でそうきく。


「詩の話しはしていますよ? 全部詩の話しです。それは物語の話しでもあり、掌編の話しでもあり、散文の話しでもあり、思想書の話しでもあります。

 言葉のを扱い人と関わる全ての話しでもあります。

 人文知の話しでもあります。

 全ては言葉であり、記号であるのです」


 飼い主は菓子を口に放りこみながらしゃべる。


「う~ん、例えば、こうすればうまく詩が書けますよ~的な?」





「詩をうまく書く方法は、時代や場所、読ます相手により違います。人間は瞬間的にその素晴らしさが分かるものを好みます。

 理解のコストが低い方が、情報解析のコードが単純なほうが大きな感動を感じます。

 なので、古い作品は情報解析のコードのため、時代背景を理解しなければならないので、コストが高くなり、瞬時に理解できず、感動が弱く感じる傾向があります。

 実際の人間は、瞬間的に理解できる快感と、時間をかけ紐解いたときに感じる快感は報酬系が違うので、最終的に感じる快感に優劣はないか、時間をかけて紐解いたほうが、大きい時の方が多いのですが。

 なので、今、作品として、大きな快楽を産む作品を作るとしたら、瞬時に理解できて、その後紐解くような快楽が押し寄せてくるような書き方がいいです。

 例えば、リズム、音韻は遊び心があってもいいですが、古典的なものがいいでしょう。理解がしやすいです。内容は誰が詩を詠むか、それを誰が読むのかにより変わります。今の僕ならこの不条理な状況を、読者の心に重複する事柄に重ねて詠みます。これの技法を「見立て」と言います。人間は他者の心情を自分のことのように感情が動いてしまうミラーニューロンと言うものがあります。ここをバグらせるのです。それからは単語の意味の上に形を滑らせます、文法の法則をジャックし、あたかも通じてしまうかのような違和感がない文法を探します、口の開け方により発せられる言葉は感情の色が変わります、その辺を踏まえて組み上げて行けばそこそこのモノはできます」





「それでは今、先生が私に向けて詩を詠んでみて!」


「いやですよ、面倒くさい」


「五万ダラー」


「少し時間をいただけますか、後、紙とペンを」


 金に弱い、飼い主の愚かさに付け込まれた形になったが、面白い。


 そう言えば詩の創作など、とんと見ていなかったなと思う。


 紙をの上にペンを走らせる飼い主に、少し心躍ってしまっている吾輩がいるので、飼い主に何かあり、この小娘を殺すときには、苦しまず殺してやろうとその顔を記憶しておく。


「まあこんなものかな?」


 飼い主が声をあげる。


「先生できたの! 早くきかせて欲しいの!!」


 無邪気に声をあげる末の姫。


 飼い主は二、三度紙を見直し、少し書き直し、改めるまでもなく、ゆるゆると声をこぼす。


 呟くように、落とすように、声をこぼす。






「広い広い城の中 大声出しても誰もいない

 メイドがお茶を持ってきて 執事がお菓子を持ってくる


 広い広い庭の中 小声を出しても返事はない

 貴族はいつでも愛想笑い 家族はいつも無表情


 広い広い部屋の中 囁き声も響かない

 お菓子をこぼせば叱られて お茶をこぼせば叩かれる


 広い広い箱の中 すすり泣きすら上の空

 綺麗なドレスは垢まみれ 靴のサイズはあってない


 広い広い檻の中 どれが私か分からない

 にっこり笑えば涙がポロリ 怒った顔すりゃお腹が鳴る


 狭い狭い心の中 どれが欲しいか分からない

 私は何が食べたいの? 私はどれが飲みたいの?


 何も見えない瞳の中 ぼろんぼろんと涙が落ちる

 外には出られぬ涙たち なす事もなく日が暮れる」






 小さいが、澄んだ、かさつきのない声が、部屋に響く。


 末の姫の顔にはもう笑みはない。


 氷のように冷たく、仮面をかぶっていられていない。


 飼い主が放った背筋も凍る言葉の刃に胸を突かれ、その痛みを味わっているのだろう。


 飼い主は詩を書いた紙をローテーブルの上を滑らせ、末の姫の前に差し出す。


「この詩を姫様が詠めば、あなたは国民全員の娘になれますよ。

 かわいいかわいい、守ってあげなきゃいけない、かわいそうな、国民全員の娘に」


 にっこり笑いながら、顔をほとんどを覆う丸眼鏡を手で押し上げる。


 仮面を落とした末の姫はスッと右手を挙げた。


「殺しなさい」


 末の姫がそう言い終わる前に、部屋の中にいたメイド二人が、泡を吹き、膝から崩れ落ちた。


 うむうむ、お使いができる鼠には、後で吾輩が気に入っている大学内の日向マップを教えてやろう。


 部屋のドアが開き、膝丈の漆黒のローブに身長より高い木の杖を持った中性的な見た目をしたエルフが入室してきた。


「姫様、オイタはここまでに、大学内の政治は、大学に任せてくださいませ」


 ゆっくり、深くお辞儀をしたエルフが、


「それでは大学に帰りましょうかアシモフ先生」


 と、飼い主に声をかける。


「でも、五万ダラー」 


「命あっての物種ですよ」


 飼い主はエルフに腕を掴まれ、部屋を出て行く。


 吾輩はローテーブルの上に飛び乗り、飼い主が書いた詩を口に加え、飛び降りる。


「あっ」


 固まっていた末の姫が吾輩に手を伸ばそうとするので、尻尾でふわりとその手を払い、足早に飼い主とエルフを追いかけ部屋を出る。


 大学に戻った飼い主は新学院長になったエルフに、研究費の横領をこっぴどく怒られ、今回は横領が少額だったこと、虎頭の前公爵が横領した金銭を補填したこと、で、内々に処理し、おとがめなしで横領事件は握りつぶされることとなった。


 それと同時に飼い主の懲罰的減給に正当な理由がないとのことで、減給がなくなり、月に三千七百ダラーと、賃金が一、五倍以上に跳ね上がり、飼い主は小躍りした。


 吾輩はお礼に、エルフに、飼い主が詠んだ詩の書かれた紙を渡してやる。


 エルフはその詩を読み、顔を真っ青にして、


「これは、さすがに怒りますよ」


 と、言っていたが、吾輩はそうは思わない。この詩には五万ダラーを何百倍も、何千倍も超える価値があった。


 飼い主が言う通り、この詩を末の姫が、良きタイミングで詠んだら、国民は皇族への愛を高めただろう。


 支配者への畏怖から、守らなければいけない対象に向ける慈愛に。


 憐れみには、それほどの価値がある。


 強者の見せる弱さほど、民衆を狂わせる麻薬はないのだから。


 あの子娘には、その価値が分からなかった。


 あれは、為政者として失格である。


 まあ、合格の為政者など、この世界にも、元の世界にも、一度として見たことはなかったが。


 飼い主に抱かれ、家庭教師先のボバリー夫人宅からの家路につく。


「今日はひどい目にあったね」


 うむ、自業自得なのに、飼い主の顔には反省の色が全くないので、楽しくなる。


 にゃーんと一声鳴くと、飼い主が吾輩の頭を撫でる。


 吾輩はこのような何気ない日常を気に入っておる。


 だからなその小道からこちらの様子をうかがっているメイドよ。


 その手に持っているナイフをしまうがよい。


 今日は殺しをしたい日ではないのだ。


 そう思う吾輩の気持ちとは裏腹に、末の姫に付き従いホテルにいたメイドが一歩前に足を踏み出したので、この世から塵一つなく消滅させた。


 飼い主は気が付かず、ニコニコ歩きながら吾輩を撫でる。


 吾輩はもう一度にゃーんと鳴く。


 飼い主はもう一度背中を撫でる。


 吾輩はもう一度にゃーんと鳴くのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る