第5話市場と文学


 皇帝は執務室で二人の男を前に、憮然とした表情を浮かべ、手に持った書類を睨んでいた。


「こんな予算通るか。儀式、祭費に国家予算の一、五割を払うなど馬鹿げておるわ」


 皇帝の前に立つ男の一人、ダークスーツを着た財務官は、すまし顔で、


「教会は魔王討伐で死亡した〃勇者〃の葬儀を、〃勇者〃の出身である我が国で大々的に執り行うよう言ってきております。

 さすがにこれは断れないかと」


 座っている皇帝は、立っている財務官をぎろりと見上げ、睨みつける。


「それにしても高すぎる、半分、いや、三分の一まで予算を圧縮しろ、それがお前らの仕事だ」


 手に持っていた書類を、財務官の胸に投げる皇帝。


 財務官は顔色一つ変えず、それを受け取る。


「魔王を討伐した〃勇者〃への感謝の気持ちを、値切るような真似、神が許すのでしょうか?」


 財務官の横に立っていた、年かさのフロッグコートを着た貴族が、焦るような顔で皇帝に進言するが、皇帝に鼻で笑われる。


「ならば、〃勇者〃の葬儀で生まれる経済効果を、かかる費用より大きくなるよう思考しろ。〃勇者〃だって、国を、世界を愛していたなら、自分の葬儀で貧しい国や民草が生まれることを望むまい」


 そう言い、皇帝は手を蠅を振り払うように乱雑に振り、二人の男を執務室から追い出す。


 一人になった皇帝は深く椅子に背を預け、大きなため息を吐く。


 なにが〃勇者〃だ、魔王殺したのは、ヘルゼーノフ侯爵家長女、エメラルダ・デラ・ヘルゼーノフではないか。


 聖国が任命した勇者一行は魔王城まで出向き、封印の儀式を行っただけ。


 本当に魔王と対峙し、その命を奪ったのは稀代の天才剣士であり、帝国最高位の魔法使い、序列一位である〃帝国の最高傑作〃エメラルダだ。


 そもそも封印なんて必要なかったのだ、エメラルダが魔王を殺したのだから。


 皇帝は思い出す。


 教会が〃勇者パーティー〃の一人〃戦士〃として選んだエメラルダが自分の前で、


「我は勇者と一緒に行けませぬ。アレは好かぬ」 


 と、言い、ワガママを通し、パーティーに同行せず、魔王殺害と言う完全解決を生み出したのだ。


 死亡説や、重体説が飛び交う中、無傷であの不吉な黒猫を抱えて帰ってきたときは、こいつが次の魔王になったのかと恐ろしく思ったものだ。


 エメラルダは今、隠居するように軍で、衣類や備品を扱う部門で働いている。


 そのまま静かに隠居しているとは思えないが、魔王殺し、手も出せん。


 魔王殺しの逆鱗は、帝都大学にいるエルフの亭主だ。


 いつ結婚したのかも、あんな馬の骨をどこで拾ってきたのかも分からんが、魔王殺しは、あれを恐ろしくかわいがっている。


 そしてあの亭主は、聖国、教会勢力を抑制する切り札となる、文学を掴むかもしれない。


 皇帝はデスクの上にある、棺桶の形をした黄金製の文鎮を指で弄ぶ。


 世界は、魔王を失い、変わる。


 神や血統から、金に、市場に力が移行する。


 文化なき金持ちどもが、世界を制するようになる、その時、神や伝統では文化なきものを制することはできない。なにせ神や伝統を理解できる文化がないからだ。


 そこで神や伝統に変わり、文化なき金持ちたちに統率を取らせ、統一した思考を持たせるには、新しい物語が、新しい経典が必要だ。


 異世界では、新しい経典の役割をしたのが文学だった。


 この世界でも、その地位に一番近いのは文学であろう。


 そして文学を手にすれば、皇帝位は、帝国は、宗教に代わり世界を制する。


 右手に経済、左手に文学。


 まだ小さい芽でしかないが、これを育てることが、帝国の将来を決めるのだ。


 皇帝は指先で黄金の棺桶を弄んでいると、ドアがノックされる。


「お父様ウシャルミナよ! 遊びに来てしまったの!!」


 末娘の声がドアの向こうからきこえる。


「入れ」


 ドアが開き、紫色の豊かな髪がふわふわと、彼女の頭の周りでゆれて、空間そのものがやさしく変わっていく。


 まだ十二歳の末娘は、子ども特有のもちもちした頬と、大きな目をキラキラしさせ、執務室に入ってくる。


「お父様! 誕生日会に魔王殺しのエメラルダは呼んでくださった!? わたくしはとても楽しみにしているのよ!!」 


 この末娘は魔王殺しを贔屓にしている。


「大丈夫だ、魔王殺しも旦那と共にやってくる。旦那には詩の朗読もさせる」


「詩はかわいくて楽しいのがいいわ! そう言っておいて!!」


「わかった、わかった、父は仕事がある、いね」


「ぜったいよー!!」


 皇帝の末娘はニコニコしながら両手を振り、執務室を出て行った。


 その後ろ姿を見ながら、手の中で黄金の文鎮を弄ぶ。


 経済は、市場が化け物のように育ってきている。今いる貴族も何人生き残れるか、それすら分からない。だが文学はまだ芽吹いたばかりだ、まだ自分がコントロールできる、だから今のうちに腹に飲み込む。


「魔王殺しのつがいよ、踊れ踊れ、お前が踊るほど、帝国は豊かになる」


 手の中にある黄金の文鎮より、価値ある言葉を吐き出させ、それを飲み込む。


 皇帝は腹の底から湧き上がる泥の権力欲が、ふつふつと、自分の体温をあげていることを心地良く感じていた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る