第18話 鏡の窓

鏡は映すだけではない。駅の“鏡の窓”は、記憶を覗き、再現し、時に書き換える。


玲央は、駅の深層構造――「記憶図書館」への入口に立っていた。

目の前には巨大な窓。

その向こうには自宅のリビング、幼少期の寝室、大学時代の講義室といった光景が歪んで並んでいた。


「これは……俺の過去……?」


だが、そこにいる人々の顔が違っていた。

母は別人の微笑みを浮かべ、恋人の瞳は何も写していない。

誰もが、玲央の記憶をなぞっているだけの“再構成された存在”だった。


窓には、“玲央本人”が何人も映っていた。

怒っている、泣いている、無表情の、冷酷な――それぞれに異なる記憶を持つ、可能性の“玲央”。


そして、最も奥に立っていた男。

その顔は鏡のように空っぽで、何も写していなかった。


玲央は言葉を発した。


「俺は斎藤玲央。記者で……母のことを、最後に取材で触れて――」


声に反応して、窓の奥がゆっくりと揺れた。

そこに“本当の過去”が浮かび上がる。


雑誌の編集室、母が倒れた日、自分が言葉を飲み込んだ瞬間。

それらが精緻に再現される。


しかし、“何か”がおかしい。


映像の中で玲央は、母に微笑みかけていない。

彼が一度も母を見ていない――記憶の改ざんだ。


「俺の記憶は……俺のものじゃない?」


窓にヒビが入る。

そこから駅のアナウンスが流れる。


>「記憶は提供されました。人格の整合性を確認してください」


玲央は、鏡の中に吸い込まれた。


目が覚めたとき、彼は再び0番線に立っていた。

ポケットに、新しい名札が入っていた。


>「氏名:齋藤礼央/記憶バージョン4.0」


駅は、彼を再編集していた。


そして、ホームの鏡に映った彼の顔は――知らない誰かだった。


だがその目は、迷っていなかった。

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