第10話 顔の倉庫

斎藤玲央は、重たい空気の中をゆっくりと進んでいた。

階段を降りた先には、旧時代の地下施設のような空間が広がっていた。

照明は赤く鈍く灯り、壁には湿った鉄管と無数のスイッチが並んでいる。

だが、もっと異様だったのは――空間の中央にそびえる巨大な“棚”。


その棚に並んでいるのは、無数の“顔”。


剥がされた皮膚がガラスケースに収められ、それぞれの下には名前と日付が記されていた。


>「鈴木 誠/1998年8月17日」

>「野々宮 仁美/2006年2月3日」

>「片桐 修太/(未記録)」


玲央は思わず息を呑んだ。

目の前の顔は、誰かの表情を完璧に保っている。

それぞれの顔が微かに動いている。

笑っているもの、泣いているもの、感情を読み取れないもの――まるで、“保存された感情の標本”だった。


「ここは……一体……」


背後から声がした。

黒川俊也が、暗がりから現れた。

顔は疲れ切っていたが、何かを確信しているような目をしている。


「都市は、人の顔と記憶を喰らう。ここは“存在の倉庫”。顔を集め、都市の中枢へ供給する施設だ」


「中枢?」


「この地下には“顔なし”だけじゃない。奴らの上に、“都市そのもの”がいる。記憶をもとに都市を再構築してるんだ」


玲央は棚の奥へ進む。

そこには、割れたガラスと空のケースがあった。

貼り紙には、こう書かれていた。


>「回収不能。顔が人格を拒否した」


「拒否した……?」


黒川はポケットから写真を取り出した。

それは数十年前に撮られた地下空間の写真。

写真の中央には、顔がない人物たちが無数に並んでいた。


「この都市は、記憶と顔が一致しない者を“排除”する。それができなければ、記憶を上書きしてしまう。0番線はその出口だ」


突然、棚の奥で金属音が鳴った。

照明が瞬き、顔の一つがケースからずり落ちた。


それは片桐の顔だった。


玲央はすくみながら、しかし手を伸ばした。

その顔は濡れていた。


泣いていた。


「記者さん……誰かがここで、まだ泣いてる」


黒川がつぶやいた瞬間、壁の中から異様な声が響いた。


「顔は、感情の墓標だよ」


その言葉とともに、施設全体がかすかに脈打ちはじめた。

都市の“心臓”が目覚めようとしていた。

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