明日へのレヴェランス  ~ボクのバレエな日常(改)~

かもライン

第0話 バレエに出会う前の話

 会場は、最終局面で大盛り上がりを見せていた。

 体操女子のジュニア・エリア大会の団体戦。ほぼ全てのチームが全種目を終えようとしている。


磯崎いそざきさん、出番よ?」

「はい?」


 NSC女子体操クラブ、ジュニアチームのキャプテン・豪徳寺ごうとくじが、話しかけてきた。


「一応、エントリーしておいて良かったわ。この最終種目・跳馬で跳んでくれる?」

「へ?」


 磯崎いそざき アユミは、この人は何を言っているのだ、とキョトンとしていた。

 一応、チーメンバーとしてこのエリア大会の補欠メンバーでエントリーだけはしていたが、他の3種目は出番すら匂わさず、雑用ばっか させられていたところだ。


 状況だけは分かっている。最終種目の跳馬でこのキャプテン・豪徳寺を含む2名はそこそこの点数叩きだして、今大会もトップで入賞は当然、優勝も狙えそうなところに来ている。

 しかし3人目の選手が踏切をミスして、着手がズレ、跳越の演技もミスった上に、着地で転んで、大幅に減点された。

 その彼女の点数を足したら優勝どころか入賞も難しい。

 ここは4人目で着実に点数取って、最低入賞だけは狙う必要がある。


 幸い団体戦は演技する4人中下位1名の点数は切り捨てで加点の対象にならない。だから、どんなに大ゴケした選手がいても、他の3人で稼げば点数には影響はない。優勝も狙えるのだ。

 さらに選手のエントリーは1チーム5人まで出来る。だからアユミも一応メンバーの1人ではあったが、こんな場面で、しかもずっと干されている自分に出番なんかある筈無いとタカをくくっていた。


 でも、どうやらそんな事言っている場合じゃないらしい。

 やるからには、優勝なのか?


「へぇ、そんな場面でボクを使うんだ」

「勘違いしないで。あたしは貴方に最後の機会を与えてあげようと思っているのよ」


 あくまでもタカビーな言い分である。

 ウチのチームはこの豪徳寺を含め3人のエース級+今後大会に慣れさせる意味で新人の1名で今日の大会出ていた。おそらく、そのエースの一人の大ゴケのカバーをしないといけない新人がビビッているのだろう。この豪徳寺に必要以上のプレッシャー与えられて出るのを拒否する姿が目に浮かぶ。

 どちらにせよ、干されている自分を必要としている位には緊急事態である様だ。


「これで実績出したら、またあたしたちのチーム員として、認めてあげてもいいのよ」

 逆らえば、もう今後も活躍の場は与えないと脅迫されている訳だ。なるほど、これは確かにビビりそうだな。

 仕方なくアユミは立ち上がって、凝り固まった身体を伸ばした。


「ここで貴方が9.7以上出せば、優勝できるわ。出来るわよね」

「ボクを誰だと思っているの?」


 あくまでも挑発的な言葉で返す。

 しかし彼女は、生意気な言葉使ってはいても、所詮逆らう事は無いとキャプテンは高を括っている。

 じゃ、見せてあげましょう。ボクの体操を。


     ☆


 軽くウォーミングアップして、競技場のフィールドに出てきた。

 目の前には、跳ぶべき跳馬と踏切り版。

 いくらずっと干されていても、習慣で身体は常に最高潮に仕上げてある。

 大丈夫!


 審判員が緑の旗を上げる。

 よし、行ける。


 アユミは軽いステップで距離を調整し、その後一気に助走を加速していく。

 ロンダートで転回し、後ろ向きで踏切台へ。


 ダン!!


 踏切りOK、両足で踏切り台に乗ってジャンプする。


 跳んで、腕を脇に揃えたまま伸身から両ひざを抱えこんで2回転宙返りを決めてマットに両足で着地した!


 一切のぐらつきもない。身体を伸ばしてYの字に着地のポーズを決める。


「あが?」

 その演技を見た瞬間、キャプテン・豪徳寺のアゴが落ちた。

 他のメンバーも口をポカンと開けている。


 結果の点数が表示板に映し出される。


『0.00』


 10.0ではない。本当に、ゼロだ。

 跳馬なのに、その跳馬に手を着かずに跳んだのだ。

 事実上、失格と言って良い。


 豪徳寺は走ってきて、アユミに詰め寄った。

「あ、貴方! いったい何を考えているの!!」


 でもアユミはスッキリした顔で、

「一回コレやって見たかったのよ。これでチーム辞められる決心ついたわ。機会を与えてくれてありがとう」

 そう言って、詰め寄る豪徳寺にニッコリと微笑み返した。


 この0点は、チームの点数にはならず切り捨てられるが、同時に失敗した選手の点数が加算されて、優勝はおろか全日本の大会にすら進出が出来なくなった。


「分かっているの、貴方? こんなところで失格になったら、貴方自身今後体操できなくなるのよ」

 流石に、これで体操界から追放処分はされないだろうが、他のチームに移籍しても一定期間は大会停止処分を下されるであろうし、悪名はずっとついて回る。入れてくれる様な有名チームは無いだろう。


 跳馬種目で跳馬に手を付かず、確信的にただ飛び越える様な演技は、危険というだけでなく、協議に対する冒とく行為でもあるから。


「分かっているよ。ケンカ売ったのはあなた方。単にボクに対してのイジメだけならいくらでも耐えられるけど、マナちゃんにした仕打ちだけは許せない!」


 マナちゃんは、体操クラブでのアユミと数少ない同性の親友。

 この体操クラブ内でのイジメで退会した上、そのトラウマで学校へも通えなくなった。それ以降、アユミすら会う事を拒否されている。

 噂では、親の実家から田舎の学校に転校したという話は聞いた。

 何度か手紙を書いたが、返事は未だない。


 その後、イジメのターゲットがマナからアユミに移った。しかしアユミ自身が退会しなかったのも、そうすればまた別のがターゲットになるだけど思ったから。それならまだ、自分がイジメられている方が気楽だ。

 キャプテン豪徳寺と並ぶ実力者の自分が、そういう待遇受けていれば、そこそこ目立つ。そんな自浄作用を期待していたが、無駄だったようだ。

 さすがにそろそろアユミとしても腹に据えかねていた。

 今この行為も、イジメられた者も予想外の反撃する事を見せたかったから。


「それじゃ、そっちもガンバってねぇ。あ、団体は全日本行けないんだっけ。せいぜい個人戦でねぇ」

 その個人戦でも場合によっては、そんな失格処分者出したチームという事で、変な目で見られる可能性あるが、まぁ自業自得だろう。


 立ち去るアユミに、キャプテンの豪徳寺も他のメンバーも、もう何も言えなかった。


     ☆


「あ~ヒマ!」

 体操は辞めたけど、柔軟とかトレーニングする習慣は辞められない。

 今も、倒立を1分ほど続けた後、ゆっくりと開脚して、またゆっくり足を下ろして、その足は地面に着けずに、身体を二本の腕だけで支えている。その2本の腕を両足で挟み込んだ後、また両足を水平に開いていく。

 体操のストレッチ&筋トレである。


 自宅に作ってもらった練習場でストレッチや練習しながら愚痴るアユミに、ママもちょっと心配そうな目で見ている。

「もう体操は辞めたつもりだけど、身体動かさないと気分も滅入めいるしねぇ」


 一回ポンとお尻を付いて座り、後ろに倒れこんで背倒立。そこから頭をつけて3点倒立。腕を伸ばして直立した倒立にもっていき、倒立したまま腕立て伏せを始める。


「ねぇアユミちゃん。どうせなら、小さい体操教室とかに、また通う?」

「う~ん。でも気が乗らない!」


 その気になれば弱小で別の体操教室に行く事も可能だが、そうしたい気持ちも失せているし、もう小学校も卒業が近い。

 せめて今度行く中学に体操部があれば良かったのだが、それも無いらしいし、だからと言って今更、体操部のある私立の2次募集とか受験する気も無い。


 ただ唯一、体操のスキルが生かせるという意味で、中学へ行った先輩に柔道部を紹介され、土日の練習に何度か特別参加はさせて貰っていて、今じゃそれも良いかと思っているところ。

 ただ、借りた柔道着を洗濯の為に持って帰って、ママは悲鳴を上げていた。


「いっそ、体操用に作ってもらったこの練習場に、畳敷いてもらおうかなぁ」

 とりあえずマットの上で、前回教えて貰った、立った状態からの横受け身と前回り受け身の練習を始めた。


「それは、絶対に、いや~!!」

 そんな磯崎家の練習場に、今日もママの悲鳴が響いていた。


  

   ――――― 第一章に、続く ――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る