第2話:君の声、グミの色

「ねえ、一ノ瀬くんってさ、放課後ヒマ?」


そう言ってきたのは、部活の声もチャイムの音も全部かき消すくらい、元気いっぱいの声。

校門のすぐ外、ツバメが低く飛んでて、夏が深まってきてることを教えてくれた。


「……とくに予定は、ないけど」


「よしっ! じゃあ、今日から“放課後ミッション”スタートってことで!」


「ミッション……?」


「うん! “キミの世界に色を塗る作戦”!」


唐突すぎて意味がわからないのに、

なんか、その響きだけでちょっと笑ってしまいそうになる。



坂道の先にある、ちっちゃな公園。

ブランコがぎいこ、ぎいこと風に揺れてて、

ベンチのそばにある自販機が、壊れてるのかずっとピッピッ言ってた。


「はいっ、今日のご褒美!」


って澪がポケットから取り出したのは、

ちょっとくしゃっとなった小袋のグミ。


しかも今日は、ハート型のピンク。


「これ、“キュンチャージ”のやつ! ピンクグレープ味って書いてある〜♡」


「グミにそんな効果あるの?」


「あるのっ! あたし調べだけど!」


とびきりの笑顔で差し出されて、断るなんて選択肢、最初からなかった。


袋を開けると、

ふわっと甘酸っぱい香りが広がって、

その匂いだけでちょっと元気になる。


手のひらにそっと置かれた小さなハートのグミは、

澪の指先と一緒に、ほんの少しだけぼくの鼓動まで連れていった。


「……うまいかも」


「でしょ! ほらね、あたしってば天才!」


なんて調子で、澪はぺらぺら喋る。

部活のこと、今朝見た変な雲のこと、好きなYouTuberの話。


ぼくはただ、うなずいて、

ときどき言葉を返して、

だけどずっと、澪の声に耳をすましてた。


スイーツより甘いって、こういう声のことかもしれない。



「ねえ、一ノ瀬くんは、誰かに“好き”って言ったことある?」


唐突すぎて、また心臓が一拍遅れて跳ねた。


「……いや、ない」


「そっか。……でも、言いたくなったら、言っていいんだよ?」


「え?」


「“好き”って、言ってもらえたらさ……

その人の世界も、ちょっと変わるかもしれないから」


いつもの調子じゃなかった。

その言葉は、やけに静かで、やけに優しかった。


夕暮れが、公園の柵を赤く染めていく。


ひと粒のグミを指先でつまんだ澪の笑顔が、

グミ越しの光に透けて、やさしく揺れた。


まるで世界が、

その小さな粒の中に閉じ込められた“奇跡”みたいだった。


あのときたしかに、ぼくの視界のノイズが、

ほんの一瞬——だけど、完全に消えたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る